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スポーツ  投稿日:2026/4/4

「キミは後世に何を遺すのか」——31万5000人が熱狂した2026年F1日本GPが問う、本田宗一郎と現代経営者のレガシー


松永裕司(Forbes Official Columnist)

■ 本稿のポイント

・2026年F1日本GP(鈴鹿)の3日間観客動員数は31万5000人。2009年の鈴鹿開催再開以降の最多を記録し、歴史的な週末となった。

・鈴鹿サーキットは1962年、本田宗一郎が「日本の自動車産業を世界水準へ」という信念のもと、単一民間企業として建設した。

・「持たざる経営」「短期株主還元最大化」が主流の現代において、本田宗一郎が体現した「世界基準のプラットフォームを遺す」という経営の視座を再考する。

 

2026年3月29日、三重県・鈴鹿サーキットで開催されたF1日本GPは3日間で31万5000人を動員し、2009年の鈴鹿再開以降の最多記録を更新した。スポーツとビジネスの交差点を鋭く切り取るForbes Official Columnist・松永裕司が現地取材し、本稿で本田宗一郎の問いを現代経営者に突きつける。(Japan In-depth編集部)

 

■1962年にサーキット建設という狂気、1987年からのドラマ

2026年FIA世界自動車選手権フォーミュラ1(F1)第3戦日本GPは3月29日、決勝レースを終え、鈴鹿サーキットにおける3日間の観客動員数は31万5000人に達した。前年比で4万9000人もの大幅な増加を記録。歴史的な週末として刻まれた。これは、F1の鈴鹿開催が再開された2009年以降で最多となる驚異的な数字だ。

新しいレギュレーションにより、ホームストレートを駆け抜けるF1マシンのエキゾーストノートはモーター音を含む、独特の野太いサウンドへと変わったものの、スタンドを埋め尽くすファンの大歓声はさらにボルテージアップ。これをグランドスタンドで体感し、「デジタル空間の最適化こそがビジネスの究極の正解である」という現在の経営の潮流は錯覚ではないかと考えた。

日頃、ソフトバンク、楽天、Yahooといった日本の最先端を行く企業の成功譚に囲まれているビジネスマンにとって、鈴鹿というハードウェアとそこに遺されたレガシーを再評価すべきではないのか。そう思い改めた次第だ。

F1日本GPの舞台となっている鈴鹿サーキットが誕生したのは、1962年のこと。この世界屈指のレーシングコースは、国や自治体の公共事業で作られたわけではない。今から64年前「本田技研工業」という単一の民間企業と、本田宗一郎という一人の経営者の狂気とも言える情熱によって建設された。まだ東海道新幹線さえ開通していない、初めての東京五輪開催は1964年まで待たねばならなかった。そんな時代だ。

当時のホンダの企業規模からすれば、本格的なサーキットの建設は会社を傾けかねない巨額投資。現代のMBAホルダーであれば、即座に「投資対効果(ROI)が不明確で非合理的な投資」として却下する案件だろう。

しかし、本田宗一郎の視座は「自社の当期の利益」や「自身の役員報酬」などという矮小なものにはなかった。「本格的なサーキットを持たずして、日本の自動車産業が世界に通用する日は来ない」。本田は、一企業のテストコースを作るのではなく、日本の自動車産業全体を底上げし、モータースポーツという文化を日本に根付かせるための「世界基準の舞台」を作りあげた。

もし、本田宗一郎がこの「プラットフォーム」を遺していなければ、日本のモータースポーツの歴史は異なる方向へと歩んでいたはずだ。いや、日本のモータースポーツそのものさえ、成長しえなかったかもしれない。

写真:名物観覧車とフェラーリのルクレール(筆者撮影)

 

鈴鹿で初めてF1が開催されたのは1987年。ウイリアムズ・ホンダを駆るネルソン・ピケとナイジェル・マンセルによって繰り広げられたこのシーズンの王者争いは、日本GP予選、マンセルの大クラッシュにより、ピケが栄冠を掴む。後に日本を熱狂させたアイルトン・セナはこのレースでロータス・ホンダを操り2位表彰台を手に入れた。

翌88年は、そのセナがスタート時のエンジンストールにより、中団からの伝説の追い上げを見せ優勝。自身初となる王者獲得を決めた。89年は伝説のアラン・プロストとセナのシケイン激突により、プロストが王者に。ベネトンのアレッサンドロ・ナニーニがキャリア唯一の勝利を収めた。90年には鈴木亜久里が3位で日本人ドライバーとして初の表彰台を獲得。歴史にその名を刻んだ。91年にセナが2年連続の王者を決めたのも、ここ鈴鹿だ。

96年にウイリアムズ・ルノーのデイモン・ヒルが父グラハムに続きF1史上初めての親子王者となったのも、このサーキット。2005年にラルフ・シューマッハーがトヨタを駆りポール・ポジションを獲得。トヨタにとってF1で手に入れた初めてのPPとなった。11年にはジェンソン・バトンが鈴鹿での初勝利。今年も日本GPではレポーターとして来場、パドックにその姿を見せた。12年には小林可夢偉が3位表彰台をゲット。14年にはジュール・ビアンキの死亡事故という痛ましい出来事もあった。24年には角田裕毅が10位でフィニッシュし、自身初の母国入賞を成し遂げたのは、まだ記憶に新しい。

こうした奇跡のようなF1の歴史的なドラマはすべて、本田宗一郎が社運を投じて泥まみれになって切り拓いた「鈴鹿」という絶対的な舞台があったからこそ生まれた。いち経営者の信念が60年以上の歳月の中で無数の伝説を生み出し、「レガシー」へと昇華させたわけだ。

写真:パレードで談笑するドライバーたち(筆者撮影)

 

■日本の「デジタルの帝国」経営者は何を遺すのか

一方、現代の日本経済を牽引する経営者はいかがだろうか。ソフトバンクの孫正義氏、楽天の三木谷浩史氏、ファストリテーリング(ユニクロ)の柳井正氏、ZOZO創業者の前澤友作氏らは、間違いなくその帝国を築き上げたと言えるだろう。

こうした経営者はいわゆるデジタル化の波に乗り、人々の「可処分時間」と「お金」を極限まで効率よく集める巨大なシステムを構築。スクリーンの前のユーザーにクリックさせ、買い物をさせ、通信料を払わせる。そうして得た莫大な利益は、次なる投資ゲームの資金となり、あるいは数百億円の現代アートや宇宙旅行といった個人の夢へと注ぎ込まれていく。彼らのやり方は、現代資本主義における「大正解」だ。

もちろん、ソフトバンクは現在ホークスを所有し、福岡に巨大なスタジアムを持つに至った。楽天もイーグルスの拠点を仙台に置き、東北に野球ファンを増やし続けている。だが、そのどちらも既存の球団を買い取り、成長軌道に乗せたに過ぎないとも言える。楽天に至ってはFCバルセロナやゴールデンステート・ウォーリアーズに投資してきたものの、ゼロから業界の土台を形づくり、後世に遺していくほどの構想ではないように思われる。

本田宗一郎が作り上げたように60年後に世界を舞台にしたプラットフォームとなり得るようなレガシーを遺すことは可能なのだろうか。数千億円、数兆円を稼ぎ出した時代の寵児たちが、100年後の風景には「形あるモノ」を何一つ遺さないかもしれない。その不安が、ソフトバンクのドームや、楽天によるスタジアムへのベニュー投資として現れているのではないかとさえ、勘繰ってしまう。

 

■グローバルIT覇者たちが求めるサーキットの存在

現在、この64年前の「物理的遺産」の上で、皮肉にも世界最高峰のデータドリブン・ビジネスが展開されている。

2025年シーズンのF1におけるメディア露出価値換算データを見ると、各マシンにもグローバル企業のロゴが輝き、莫大な価値を生み出している。第24戦アブダビGPにおけるレッドブルのサイドポッドに掲出された「Honda」ロゴは、レース本戦だけでAVE(広告換算価値)約142万ドル(約2億2500万円)、QI(実質的な品質指標価値)約30万ドル(約4760万円)を記録した。また、第23戦カタールGPでは、ノーズ部分の「HRC」ロゴがAVE約8万8000ドル(約1400万円)、QI約1万8000ドル(約286万円)を生み出した。同カタールGPにおける「Salesforce」のスクリーンクレジットはAVE約80万ドル(約1億2700万円)、QI約16万ドル(約2540万円)を記録し、「AWS」も同様にスクリーン上で大きな露出価値を獲得している。

ここで注目すべきは、日本GPにおいては、この本田宗一郎が作った「舞台」に、GoogleやAWS、Salesforceといった現代のIT・デジタル覇者たちが数百億円を投じて群がることになった事実だ。

こうしたグローバル企業は、自社のクラウドやAI技術が「極限のリアル」で機能することを世界に証明するために、確固とした存在のあるハードウェアとしてのサーキットを渇望している。どんなにデジタル経済が発達しようとも、人々を真に熱狂させるのは、物理的な限界に挑む人間の姿と、31万5000人の熱狂が入り交じる「リアルのベニュー」だ。世界のデジタル覇者でさえも「コース」上を走らなければ、自らのブランド価値を証明しえなかったと言えよう。

写真:アストンマーティンホンダの2台(筆者撮影)

 

■「キミたちは、この世界に何を遺すのか」

現代の経営のトレンドは、持たざる経営であり、プラットフォーム内での経済圏の独占であり、短期的な株主還元の最大化である。確かにそれは、資本主義のルールに則った正しい「金儲け」の形だ。

しかし、エクセル上の数値を最適化し、個人の純資産を競い合うだけの経営からは、半世紀後に31万5000人を熱狂させるレガシーは生まれえない。本田は1991年、鬼籍に入ったものの、35年を経た現在でもその信念が遺した鈴鹿サーキットで開催されるF1日本GPにおいて、人々は熱狂に明け暮れている。そしてそれは、セナやプロストの時代からマックス・フェルスタッペン、さらにはキミ・アントネッリに至るまで、何世代にもわたって人々に感動のドラマを提供し、莫大な経済圏を今なお生み出し続けている。

もっと大袈裟に振り返ってみてもいい。もちろん、鈴鹿サーキットは陵墓ではない。しかし、古代エジプト人はピラミッドを遺した。大和朝廷は、現在世界遺産となっている仁徳天皇陵などを造営。本田宗一郎は、それよりも大きい鈴鹿サーキットを我々に贈ってくれた。では、現代のIT長者たちは、いったい何を人類に遺すのだろう。

真の偉大な経営者とは、現在の時価総額や個人の純資産額で測られるものではない。31万5000人の熱狂を目の当たりにし、私には本田宗一郎が、目先の数字と個人の利益に汲々とする現代のリーダーたちに向けて、重く、そして残酷な問いを突きつけたように思えた。

「キミたちは、この世界に何を遺すのか」と。

本田宗一郎の大きさを、あらためて実感させられた2026年のグランプリだった。

写真:スタートの瞬間(筆者撮影)

 

■FAQ

Q1. 2026年F1日本GPの観客動員数はなぜ記録的だったのか?
 A. 3日間合計31万5000人は、2009年の鈴鹿開催再開以降の最多記録。日本人ドライバー不在という条件下でも前年比4万9000人増を達成した。2024年から春開催に移行したことで桜の季節と重なり、映画「F1」の世界的ヒットによる新規ファン獲得も追い風となった。

Q2. 鈴鹿サーキットはなぜ民間企業が建設したのか?
 A. 本田宗一郎が「本格的なサーキットなくして日本の自動車産業は世界に通用しない」と確信し、1962年に本田技研工業が単独で建設した。国や自治体の関与はなく、当時のホンダの企業規模からすれば会社を傾けかねない巨額投資だった。

Q3. GoogleやAWSはなぜF1にスポンサードするのか?
 A. クラウド・AI技術が「極限のリアル」で機能することを世界に証明するプラットフォームとしてF1を活用している。デジタル全盛の時代においても、31万人超が一堂に集まる「リアルの場」でしか証明できないブランド価値があるためだ。

Q4. 本田宗一郎のレガシーと現代経営者の違いはどこにあるのか?
 A. 本田宗一郎は自社の当期利益や個人の報酬より「60年後の産業基盤」を優先した。一方、現代の日本を代表するデジタル経営者たちは、既存球団の買収や海外クラブへの投資を行ってはいるが、ゼロから業界の土台を形づくるほどの長期的構想とは異なる、と本稿は問題提起する。

Q5. 仁徳天皇陵と鈴鹿サーキットを比較したのはなぜか?
 A. 古代の権力者が後世に物理的遺産(ピラミッド・古墳)を残したことと、本田宗一郎が世界基準のサーキットを遺したことを重ねることで、「現代のIT長者が人類に何を遺すか」という問いをより鮮明に立ち上げるための比喩として用いられている。

 

■ シリーズ・アーカイブの紹介

本連載は、スポーツを切り口に、ビジネスやテクノロジー、社会構造の変化を読み解く松永裕司によるコラムです。個別の競技やイベントを超えて読み進めることで、現代社会におけるスポーツの意味と役割を立体的に理解することができます。

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トップ写真:大観衆とレース前のグリッド(筆者撮影)




この記事を書いた人
松永裕司Forbes Official Columnist

NTTドコモ ビジネス戦略担当部長/ 電通スポーツ 企画開発部長/ 「あらたにす」担当/東京マラソン事務局初代広報ディレクター/「MSN毎日インタラクティブ」プロデューサー/ CNN Chief Directorなどを歴任。


出版社、テレビ、新聞、デジタルメディア、広告代理店、通信会社での勤務経験から幅広いソリューションに精通。1990年代をニューヨークで、2000年代初頭までアトランタで過ごし帰国。

松永裕司

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