[宮本雅史]【「美しい日本」その心は?】
宮本雅史(産経新聞社編集委員)
|執筆記事
二十年以上も前の話だが、JFKの実弟、故ロバート・ケネディ司法長官の長男、ジョセフ・P・ケネディ(2世)下院議員(当時)と縁を持ったことがある。キャロライン・ケネディ駐日大使のいとこだが、地元事務所で、一年半近く、メディア担当秘書の手伝いをした。
今も鮮明に覚えていることがある。一つは事務所に詰める秘書の多さだ。七、八人が常駐。人種問題、出入国管理問題、外交、国内政治、メディア…と担当が明確に分かれ、いずれもその道の専門家だった。日米の違いを痛感したのは、地元支持者との会合(国会報告会)に同席したときだった。会合は四十人前後と小規模なもの。テーブル上に用意されたのは、一切れのピザとコカコーラ一杯だけ。大金を費やして地元支持者に媚びを売る日本の政治家の会とは様子が違った。
衝撃を受けたのはそれからだ。目の前で繰り広げられたのは、報告会という生やさしいものではなかった。矢継ぎ早に質問が飛び交う。身の回りに起きる社会問題から安全保障問題と、質問は多岐にわたった。尋問に近いような質問もあった。議員は毅然と対応するが、答えに窮すると背後に控えた秘書軍にバトンタッチ。秘書たちは抱えた資料をめくりながら、丁寧に質問に答えていく。議員側と支持者の間で激しいディベートが繰り広げられたのだ。「支持者が納得できる説明ができるかどうかが政治生命にかかってくる。馴れ合いではすまされない」。”上司”のプレス担当秘書の言葉が今でも脳裏に焼き付いている。
事務所では、ケネディ氏とボランティア学生との間でも、さまざまな課題について議論が展開された。遠慮を知らない学生の質問にケネディ氏は丁寧に説明を続ける。支持者やボランティア学生との間には妥協という二文字はなかった。その場しのぎの答弁や妥協が政治生命に直結し、さらには国民生活に跳ね返り、国を危うくするということを、議員と支持者双方の中に染みついているのだろう。アメリカ政治の底力を感じると同時に“親米保守”の概念を実感した瞬間だった。
振り返って我が国の現状をみるとどうか。安倍政権になってようやく、国家を考える体制が構築されつつある。だが、身の回りを見ると、悲惨な事件が後を絶たない。そればかりか、埼玉県では全盲の女生徒が背後から襲われ大けがを負ったほか、七月には、盲導犬が何者かに刺されるという事件が起きている。今や、我が国は人の心そのものを失った輩が跋扈していると言っても過言ではない。書店に行くと安易に勝ち負けを煽るハウツー本のオンパレードだ。荒廃化が激しく進むのはなぜなのか?
来年、日本が戦争に負けて七十年になる。この間、日本人は日本人らしさを、日本は日本らしさを失ってしまったのではないだろうか。ケネディ事務所で体感したのは、国を守ることの根底にあるものは何かということだった。安倍首相は「美しい日本」という言葉を繰り返す。果たして、「美しい日本、その心は」。いまこそ、真に問う時期だと思う。
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宮本 雅史(みやもと まさふみ)
1953年、和歌山県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、産経新聞社入社。1990年、米国・ハーバード大学国際問題研究所に訪問研究員として留学。1993年、ゼネコン汚職事件のスクープで日本新聞協会賞を受賞。司法クラブキャップ、警視庁記者クラブキャップ、東京本社社会部次長、バンコク支局長などを経て一時退社。その後、書籍編集者、フリージャーナリストを経て、産経新聞社に復社。那覇支局長を経て現職に。主な著書に、『「特攻」と遺族の戦後』『海の特攻「回天」』(以上角川ソフィア文庫)『報道されない沖縄』(角川学芸出版)『歪んだ正義──特捜検察の語られざる真相』(角川文庫)『電池が切れるまで』(角川つばさ文庫)など。