[神津多可思]【グローバル化の新局面】~もはや高成長は望めない日本~
神津多可思(リコー経済社会研究所 主席研究員)「神津多可思の金融経済を読む」
一時の熱狂が去ったこともあって、臨時国会では「アベノミクスは本当に有効なのか」という議論が盛んにされている。マイルド・デフレから実勢1%程度のインフレに移行したことがどのような影響を持つか。地方創生や女性活用なども含めたいわゆる成長戦略で本当に経済を活性化できるか。いずれも一定の時間が経たないと答が見えてこないのだから、現時点で客観的に評価するのはそもそも難しい。
しかし、弱い経済指標の発表が相次ぎ、弱気派が増えている感がある。期待はずれの最たるものは輸出の弱さだろう。ちょうど2年位前から円安が始まり、以来、円は3割以上切り下がった。にもかかわらず、2013年の輸出数量はー1.5%、2014年に入ってもほぼ横這い圏内で推移している。為替レートの動きが一定の時間を置いて輸出入に影響を与える点を勘案しても、どうもこれまでとは違う動きだ。
一方、国内製造業の生産能力はこの2年間でー5%程度縮小しており、その替わりに海外での企業設備投資は増加してきた。これらを考え併せると、国内生産の競争力が失われたモノ造りの海外移転が進み、日本の産業構造がもう一段変化している可能性に行き当たる。グローバル化が新局面に入ったのかもしれない。
1989年のベルリンの壁崩壊以降、地球上のほぼすべての経済が統合された市場に直面するという、文字通りのグローバル化が進んで来た。その動きは、何を輸出し、何を輸入するかという比較優位の構造をどの経済についても大きく変えた。一般的に先進国は、生産に労働力をたくさん使う、相対的に低付加価値の製品について、その輸出競争力を失うことになり、そのため国内の産業構造もかなり変わった。
昔から、所得水準が上昇するにしたがってサービス支出の割合が増えるので、経済もサービス化するというトレンドが指摘されてきた。グローバル化の中で、先進国経済にとってはそのトレンドがさらに加速したのかもしれない。労働コストが極めて低かった新興国は、直接投資と輸送運搬や情報通信の効率化に助けられ急速な成長を遂げ、先進国経済の得意分野に次々と進出してきた。高度成長の日本と似たような歩みだ。
そうなってくると、激しい国際競争を勝ち抜くため、先進国の製造業ではさらに合理化が進められ、製品もますます高付加価値化し、単純労働を中心に雇用機会が失われることになる。製造業で仕事がみつけられない労働者は、どうしても非製造業、とりわけサービス業に向かうことになる。結果的にみると、そうした流れの中で日本では、賃金は引き下げるが、できるだけ雇用機会は維持するという選択肢が採られたようだ。他の先進国に比べ、失業率は低いが、名目賃金は低下し、サービス価格はその賃金の動きを反映するため、それがデフレに結び付くという展開をたどった。さらに今、国内のモノ造りのあり方がもう一段変わろうとしているかもしれないのである。その下で、経済成長を支えていくにはどうしたら良いか。
世界的にみて日本は、平均所得は高く、高齢化の進行は最も速い。それらの点に鑑みれば、より細分化した需要に丁寧に対応でき、かつ高齢者に親和的なビジネスにおいて、需要誘発→供給拡大→所得増加→需要拡大という好循環をどう実現していくかが重要であろう。大量の単一製品を売りっ放しにするのではなく、個々の需要に丁寧に対応したサービスを付加していく。いわゆるモノからコトへの動きだ。そして、加速していく高齢化の下で、これまでとは違ったモノ、サービスの需要が大きくなることは想像に難くない。
現在、俎上に上っている成長戦略は、いずれもそのような方向での変化を促すものだ。したがって、短期間で効果が顕現化しないからと言って政策立案・実行の手を緩めるべきではない。ただそれでも、このような新しい需要と供給の好循環がどれほどのスピードで進んでいくかを考えると、それは決して過去のように速くはならないだろう。これからの成長率について、高望みはもはや考えるべくもない。
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