[神津多可思]【くたびれた中国・新興国経済】~日本は世界経済をけん引出来るのか?~
神津多可思(リコー経済社会研究所 主席研究員)「神津多可思の金融経済を読む」
先週、国際通貨基金(IMF)が新しい世界経済見通しを発表した。世界経済の実質成長率予想はまたもやじりっと下方に修正され、2014年は+3.3%、2015年は+3.8%となっている。引き続き「来年は今年より高い成長になる」との予想だ。実は2014年についてもずっと2013年よりは高いと見られてきた。しかし今回の下方修正で、今年の成長率はついに前年並みにまで下がったのである。
世界経済の経済成長率が当初の予想下回っている理由の1つは、新興国の減速だ。リーマン・ショック後も高い成長を遂げてきたが、中国をはじめ全体にくたびれているようだ。その反対に、先進国経済は米国のリードで全体としては上向きであり、次第に成長率を高めている。しかし、それは極めてゆっくりであり、新興国経済の減速を補うには至っていない。これが足元の経済成長率の下方修正が続く2番目の理由だ。
先進国経済の内訳をみても、欧州の2014年の成長率予想は3カ月前に比べ0.3%引き下げられ+0.8%に、日本についても0.7%引き下げられ+0.9%となっている。米国が+2.2%成長するとみられているのに比べ、かなり弱いものとなっている。もっともその米国経済にしても、結果的に2012年以降3年続けて2%ちょっとの成長が続くことになり、潜在成長率は3~4%と言われていることを勘案すれば、あまり良いパフォーマンスとは言えない。
このような状況にあって、先進国経済の低成長は構造的なものだとする主張も次第に説得力を持つようになっている。その原因として揚げられるのは、第1にバブル崩壊の後始末のコストがとてつもなく大きいということだ。これはわれわれの実感でもある。過去を振り返ると、90年代のスウェーデンのように3年続けてのマイナス成長というコストを払っても短期で処理をした例もあれば、日本のように10年以上の非常に長い時間をかけた例もある。そこに暮らす人々がどちらを是とするかということもあるので、一概にどちらの対応がいいとは言い切れない。
いずれにせよバブルが大きければ大きいほど、正常化のためのコストは大きい。価値があると判断して取得した資産の価値が実はないということが判明した場合、その失われた価値分の損失を埋めた上で、さらに健全な状態で消費・投資行動ができるようになるためには、まさに膨大なコストがかかる。日本を筆頭にそのコストは財政赤字というかたちでなお政府部門にたまっており、引き続き多くの先進国経済にとって重石となっている。このことを考えると、「バブルは破裂しないとバブルとは分からない」とあっさり片付けることはできない。
構造的低成長の第2、第3の原因としては、高齢化とグローバル化の進展が挙げられる。いずれも、マクロ経済の需要・供給の両面に大きな構造的変化を迫るものだ。まず高齢化は、明らかに国内需要の構造的シフトを伴う。単純な例を挙げれば、運転免許の保有者数が減少を続ければ、乗用車の販売台数は減るだろう。加えて先進国経済では、この高齢化のトレンドに加え、所得水準が上昇するとサービス需要が増加するというペティ・クラークの法則が作用する。需要の中味が変わるのである。この変化に対応して柔軟に供給構造が(即ち産業構造が)変化できるのであれば、必ずしも構造的に成長率が大きく低下するとまでは言えない。しかし、それがうまくいかなければ、新しい需要に対する新しい供給力が整わないまま、その一方で古い供給力の遊休化が拡大する。
グローバル化も同じように国内の供給構造の変化を迫る。相対的に低賃金の新興経済がほぼ同等の生産技術を扱えるようになれば、先進国経済はコスト面では太刀打ちできない。したがって、先進国の国内に残るモノ造りのビジネスは、研究・開発、新製品の企画、膨大な情報を効果的に分析するマーケティング、新しい生産体制の開発、より高度な技術・生産設備を必要する部品・素材の生産といった方面にシフトしていかざるを得ない。
もちろんグローバル化には新興国経済の成長に伴ってビジネス・チャンスが拡大するという需要面のプラスもある。ただ新興国経済における売れ筋商品は先進国経済とは違うし、高成長の下でかなり速いスピードで変わっていく。つまり企業は、先進経済・新興国経済の両方の需要に対応できる効率的な供給体制をグローバルにどう構築・維持していくかという難しい問題に直面するのだ。
状況変化に対応して円滑に産業構造・ビジネスのあり方を変えていくことができるのであれば、グローバル化の下で低成長になるとは限らない。反対に対応に時間がかかるとすれば、その調整過程においてはどうしても古い供給が残り新しい需要に対応できないというかたちで成長率が低下する可能性が高くなる。
バブルの後始末、高齢化、グローバル化と言った構造的低成長の原因については、国により重みが違う。したがって十羽一絡げには議論できない。それでも、米国経済が欧州・日本経済に比べれば好調という現在のコントラストを見ると、非常に大きなコストがかかるマクロ経済の対応・調整という点で、米国がより柔軟ということなのだろう。
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