[清谷信一]民主主義・法治の危機〜国家安全保障会議(日本版NSC)と特定機密保護法は警察官僚に支配される(2/2)
清谷信一(軍事ジャーナリスト)
【(1/2)から続く】軍隊と警察は国家の二大暴力装置である。我が国ではその両方ともが警察官僚に牛耳られてきた。これは民主国家として極めて異常である。しかも内閣調査室、法務省公安庁など我が国の情報機関はほぼ全て警察庁から出向している警察官僚によって支配されている。このように、暴力装置と情報機関がすべて警察官僚に牛耳られている国家が「民主国家」といえるのだろうか。このような事実を筆者は長年批判してきたが、マスメディアも政治もこの問題を等閑視してきた。
情報と「暴力装置」で警察組織には怖いものがない。このため政治も警察官僚に対して強い態度で臨めない。故に警察組織は遵法意識に欠けている。86年、神奈川県警による共産党幹部への不法な盗聴事件いわゆる「日本共産党幹部宅盗聴事件」が発覚し、政府はその事実を認め謝罪したが、警察庁はこれを認めず未だに謝罪を行っていない。警察に対する政府の「文民統制」は全く機能していないといって良い。
メディアも警察にあまり強いことを言えない。警察に不利な報道をすると「江戸の敵を長崎で討つ」ような、陰湿な嫌がらせを受けるからだ。昨今問題になっている痴漢や殺人などの冤罪事件、不法な取り調べ、代用監獄などの悪弊が放置されているが、これらは警察の遵法意識の欠如によって起こっている。しかも我が国で検察が起訴すれば99.9パーセントは有罪になる。これまた法治国家ではありえない数字だ。つまり警察に睨まれて「容疑者」になった場合、即犯人の如くマスメディアで報道され、それが冤罪であっても無実を晴らすのは極めて困難だ。
公安警察は国内防諜的な仕事が主であり、軍事的や外交的な情報や、その解析には知見がない。国内は独裁的に情報を支配している「井の中の蛙」のような組織が国家の戦略や安全保障を司る情報組織や意思決定機関に大きな影響を与えるのは極めて危険だ。また、同時に戦前の特高警察同様に遵法意識が低い警察組織が「特定秘密保護法」を悪用しないと誰が言い切れようか。日本版NSCを作るのであれば、先んじて警察改革を行うべきだった。
我が国にはまともなCIAや英SIS、仏DGSEなどの情報機関に類する情報機関が存在しない。情報という根っこが無いのに日本版NSCという「花」だけを作ってもマトモに機能しない。これらの情報機関の情報収集の9割以上は文献や放送などメディアからの情報収集や、その他の公然的な手段で行っている。だが、通信傍受、買収、暗殺などの非公然手段を用いた諜報活動も行っている。例えば台湾はかつて数十億円も掛けて人民解放軍の将軍を一本釣りしたりしていた。
ソースは言えないが1994年の南アフリカ初の全人種参加の民主選挙において、台湾やマレーシアの南ア駐在武官たちは本国から高額ドル札を詰め込んだアタッシェケースを持ち込んで、現政権ANCに献金した。これらはANCが選挙で勝利することを見越し、恩を売るための情報機関による工作だが、我が国にはこのような工作をする情報機関もないし、工作もできない。
外国の情報機関と付き合う場合はギブ・アンド・テイクが基本だが、相手に与える情報がない。繰り返すがまともな情報機関、諜報機関というインフラ、根っこが存在しなければいくら頭であるNSCが出来ても機能はしない。
日本版CIAのような組織を仮に作るとしても、警察官僚に牛耳られることは想像に難くない。そうなればただでさえ強大な警察官僚の権力基盤を更に強化することになる。先述のように防諜を主とする警察、公安型の情報組織に属する人間は、軍事情報を含めた幅広い情報収集活動には向いていない。故に諸外国では国内の防諜機関と世界を相手にした情報機関を分離している。
繰り返すが日本版NSCと特定秘密保合法は極めて強大な権力を持ち、順法精神に欠かける警察を強化するだけあり、これは民主主義・法治の危機である。【(1/2)を読む】
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