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.国際  投稿日:2015/9/3

[林信吾]【ニートはれっきとしたイギリス英語】~高度福祉国家の真実 7~


 

林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

執筆記事プロフィールblog

1970年代前半にヒットした『ど根性ガエル』という漫画が、実写版ドラマとなって放送されている。主人公はシャツに張り付いた平面ガエルで、その飼い主(?)の少年と、周囲の人たちが巻き起こすドタバタ劇だ。ドラマでは、その16年後という設定で、中学2年生だったシャツの持ち主は、30歳のニートになっている。演じるのは松山ケンイチ。

年齢的にも肉体的にも働ける状態でありながら、定職に就こうとしない者をニートと呼ぶが、実はこの言葉、れっきとしたイギリス英語であることをご存じか。“Not in Employment, Education nor Training”の頭文字をとったものだ。英国でも20世紀の終わり頃から、この問題が顕著になってきていた。2007年には、当時の労働党ブレア政権が、「全ての英国人は、18歳までなんらかの教育もしくは訓練を受けねばならない」という制度を作ろうとしたが、実際に出来たのは、職業訓練を拡充する程度のことで、政治の力でニートを一掃することはできなかった。

20世紀にはまた、“Dole is Rock’n Roll”という言葉も、かの国の若者たちの間で流布していた。Doleとは施し、配給といったほどの意味だが、英国では俗に失業手当のことを指す。かねてから英国では、人口の割にミュージシャンが多いのはどういうわけか、という議論があり、その問いに対する答えのひとつが、これであった。英国労働党は、もともと労働組合運動の政治部門として組織されたのだが、英国の労働組合は、長きにわたってクローズドショップ制を採用していた。

この制度、簡単に言えば、入社と同時に組合のメンバーとなり、もしも人員整理が避けられない時は、最後に入った者が最初に辞める、という制度である。この制度があるがために、構造的に若年層の失業率が、どうしても高くなっていた。その救済策として、労働党政権時代には、失業手当の拡充にも力が入れられた。

義務教育終了後、一度も働いたことがない人でさえ、親に養ってもらえないなどの事情があれば受給することができ、家賃補助まであるので、働かなくとも、どうにか雨露をしのぐことはできたのである。そこで、ありあまる時間を音楽活動などに振り向けることができ、その結果、恵まれない階層の若者は、猫も杓子もミュージシャン、と評される状況が生まれた。

シングルマザーに対する援助も、なかなか充実していた。あの『ハリー・ポッター』シリーズの作者であるJ.K.ローリング女史が、かつては極貧のシングルマザーで、生活保護で暮らしつつ、カフェで小説を書いていた、という話は有名だ。彼女は、自分の成功は福祉政策のおかげだとして、労働党を支持しているとも聞く。このように述べると、失業保険や生活保護も、悪い面ばかりではないのかも、と思われる向きがあるやも知れない。たしかに悪い面ばかりではないが、そう単純な話でもない。

まず第一に、ミュージシャンや作家として才能を開花させることができたのは、ごくごく一部の人に過ぎず、それ以外の圧倒的多数は、ニートと呼ばれるようになっていった。彼らを養うための税負担が、真面目な納税者に重くのしかかったからこそ、前述のように、労働党政権がニート一掃に乗り出す、というような政治状況が生まれたのである。

ちなみにクローズドショップ制は、1980年代に時のサッチャー政権によって、事実上、解体されてしまった。ただしその結果、大規模なリストラに乗り出した企業が多く、失業率はあまり改善されなかった。若者の失業問題は、景気動向や経営形態だけで語り尽くすことはできないらしい。これが第二の問題点だとも言える。

救済すべき貧困とそうでない貧困、とは昔から言われていることだが、失業対策や福祉の問題を考える時、これはいつでも、古くて新しいテーマとなるだろう。

(この記事は、
【最後は国が本当になんとかしてくれる、のか?】~福祉先進国の真実 1~
【英、無償の医療は当然の権利】~福祉先進国の真実 2~
【実は高福祉・高負担な英国】~高度福祉国家の真実 3~
【英、医療の進歩が財政のネックに】~高度福祉国家の真実 4~
【英、無償の医療は「クラウンジュエル=家宝」】~高度福祉国家の真実 5~
【英、定年後切り詰めれば年1回海外旅行】~高度福祉国家の真実 6~ 
の続きです。あわせてお読みください)

 

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