米・最高裁判事急逝の波紋〜米国のリーダーどう決まる? その4〜
大原ケイ(米国在住リテラリー・エージェント)
「アメリカ本音通信」
この週末に飛び込んできたニュースは、大統領選挙よりずっと長くアメリカの行く末を左右することになるだろう。米連邦最高裁判所のアントニン・スカリア判事が急逝したのだ。
スカリア判事は、1986年にレーガン大統領に指名された保守派の論客である。法曹界の人間としての彼の矜持は「米国憲法はそれを書いた当時の建国の父たち、あるいは訂正が加えられた時点での意図で解釈すべき」というものだ。結婚や死刑など、古くからある法的制度に関してはそれで済むが、LGBT人権、国民皆保険制度、環境問題など近代になって持ち上がってきた問題に絡む訴訟では、リベラル寄りの多数判決に猛然と少数反対意見を書く人物だった。
今まさに進行中の大統領選挙で、熱狂的な支持を集める共和党のドナルド・トランプや民主党のバーニー・サンダースが怪気炎を挙げているのも、2人に共通する「ロビイストや大企業の多額献金で回る選挙戦に屈しない」という公約が保守進歩両方で投票者の心を掴んでいるからだが、その原因を作ったのが、まさにスカリア判事が2010年に多数意見判事として名を連ねた「シチズンズ・ユナイテッド」判決(会社法人に言論の自由があるとし、結果として多額の政治献金が違法ではなくなり、スーパーパックと呼ばれる献金運動が盛んになった)なのだ。
スカリア急逝のニュースを受けて、オバマ大統領がホワイトハウスで彼に捧げる哀悼のスピーチをする前から、共和党の大統領候補たち(トランプ、テッド・クルーズ、マルコ・ルビオら保守派の票を狙っている候補は特に)は、オバマ大統領に次の最高裁判事指名をさせるまじと口角泡を飛ばして、議会はこれを絶対阻止しろだの、わざと遅らせて次の大統領が指名できるようにしろと牽制しているが、そんなことを素直に受け入れる与党ではない。オバマはさっそく人選を進めているであろう。マスコミや政治アナリストで挙がっている名前で有力視されている人物はこんな感じだ。
スリ・ルリニヴァサン(テクノロジー問題に明るいとされるインド系の高等裁判官)
ポール・ワットフォード(ギンズバーグの弟子でもあった黒人の高等裁判官)
ジャックリン・グイエン(NYタイムズが挙げたベトナム系女性高等裁判官)
コーリー・ブッカー(ニュージャージー州の現役上院議員)
シェルドン・ホワイトハウス(ロードアイランドの法務長官も務めた上院議員)
上院議員の名が挙がるのは、大統領が指名した人物を上院で聴聞会を開き承認するためで、自分たちの中から選ばれるのなら文句はなかろうと踏むからだ。だがそれもスンナリとは行くまい。1987年、レーガン大統領が指名したロバート・ボークが超保守派すぎるという理由で上院で承認を否決されたケースもあるように、最初にわざと反対されやすい最もリベラルな候補を選び、妥協案としてもう少し中道寄りの人物を持ってくる作戦もありうる。
だが、揉めに揉めて引き伸ばしたところで、共和党の思惑通りに保守派の判事が誕生するかといえば、逆効果だという見方もある。9人目の最高裁判事が選ばれないままだと、今まで中道派のアンソニー・ケネディー判事次第で 5対4で決定が下されることが多かった最高裁が 4対4(保守のクラレンス・トーマス、ジョン・ロバーツ、サミュエル・アリート、アンソニー・ケネディーに対し、リベラルのルース・ベイダー・ギンズバーグ、スティーブン・ブライヤー、ソニア・ソトマヨール、エレーナ・ケーガン)と拮抗する判決が山積みになる。最高裁で判決が出ない場合は差し戻し、つまりその前の高等裁判所の決定にそのまま従うことになる。
そして全米に13ある高等裁判所の3分の2は、リベラル寄りの判事が多数を占めている。これも、政府の重要ポスト指名者の審議を渋り、先送りにしてきた共和党寄りの上院に見切りをつけて、オバマ政権が地道に各高等裁判所の裁判官を決めてきた努力が実を結んだ結果と言っていいだろう。
いずれにせよ、この11月にどんな(ひどい)大統領が誕生しようと任期は4年であるのに比べ、最高裁判事は本人が自ら引退しない限り死ぬまでの永久職だ。この事態に番狂わせだといちばん驚いているのはスカリア本人かもしれない。
トップ画像:Wikimedia Commons
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この記事を書いた人
大原ケイ英語版権エージェント
日本の著書を欧米に売り込むべく孤軍奮闘する英語版権エージェント。ニューヨーク大学の学生だった時はタブロイド新聞の見出しを書くコピーライターを目指していた。