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.経済  投稿日:2016/3/7

「消費税なき日本」は可能なのか 消費税という迷宮 その6


                             林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

突如、風向きが変わってきた。政府与党は、夏の参院選を見据えて「消費税率引き上げの一時先送り」を視野に入れているようだ。軽減税率の導入に際しても、代わりの財源については先送り、という判断をすでに示したが、なにがなんでも参院選で勝利し、憲法改正への道筋をつけたい安倍首相としては、もはや「禁じ手」などない、ということなのだろう。わが国の財政を思えば、少なくとも予断は許されないと私は考えるが。

いずれにせよ、日本国は租税国家なのであり、税制について現場をよく知る税理士の解説を借りつつ多角的な考察を試みた本シリーズは、読者にも断じて無益ではなかったはずである。

最後に、日本が消費税を撤廃することは可能なのかどうか、また、私がかねてから主張してきた、消費税の目的税化について再度の考察を試みたい。

実はこの問題では、M税理士と私の考えはいささか異なっている。

M税理士は、基本的に消費税はなくしてもよい、と考えているようだ。

その場合、財政をどうするのかが問題になるが、

「ひとつは、トマ・ピケティが『21世紀の資本』(みすず書房)の中で主張した、資本に課税する、という考え方ですね。たとえば10億円を超える預金に対する金利には、いくばくかの課税をしてもよい。企業の口座には、そのくらいの預金残高は珍しくないわけで、消費税と同様、低い税率でも総額ではかなりの税収が期待できるはずです」

もっともこの議論は、日銀がマイナス金利に踏み切る少し前に交わされたものであるから、多少は割り引いて聞かねばなるまい。

M税理士はまた、1949年にその骨格を与えられた、世に言うシャウプ税制の当時に立ち返り、累進所得税と法人税を基幹とし、補完税として富裕税などを設けることにより、所得に対する課税の徹底を図るのがよい、と述べる。これについて私は「総論賛成・各論反対」に近い立場であると、正直に言おう。

紙数の関係で詳述はできないが、今の日本の税制が「本物の金持ち」ほど税金を納めなくて済むようになっていることは事実で、稼いだ者が「勝ち組」だという幻想がそれを補完し、富の再分配という、税制が本来持つべき機能が失われている。これを回復させねばならない、というところまでは異論はない。しかし、

「年収2000万円以上は、幾ら稼いでも同じ(すべて税金で持って行かれる)」

という過去の税制が本当に健全だったのか、しかもそれで消費税を撤廃できるほどの税収が見込めるか、と問われると、自信を持って「然り」と答えられる人が、今の日本にどれだけいるのだろうか。

もうひとつの、消費税の目的税化については、M税理士が愛読しているという、『日本税制の総点検』(北野弘久、谷山治雄編著・勁草書房)

という本の中に、なかなか有力な反論となり得る一文がある。

「ヨーロッパ諸国において大型間接税・付加価値税を福祉目的税化している国は一カ国もありません。もちろん福祉目的化などという誤魔化しの手法を使っている国も一カ国もありません」(P180)

これは、この通りである。しかし、税収の20年分を超す負債を抱えている国など、ヨーロッパ諸国には一カ国もないわけだから、同列に論じられないことは明かだろう。

これは本シリーズを通じて幾度も指摘したことだが、日本の税制のなにが一番問題なのかと言うと、一方では高福祉・高負担の原理に立つヨーロッパ型社会モデルの「高負担」の部分のみ真似たような消費税制を導入し、他方では大企業を徹底的に優遇する米国型新自由主義の経済政策をとり続けていることなのである。

もうひとつ、前掲書の中にある文章だが、

「福祉目的税化した場合、社会保障費の増大はただちに消費税の増税につながります」

「問題なのは、消費税を福祉目的税化した場合、所得税や法人税など他の税収が浮きますから、その浮いた分を公共事業費、軍事費、国債費などに堂々と使うことができるわけです」(いずれもP181)

私の議論はもっと単純で、たとえば英国のように、医療費と公立学校の学費は原則無料、60歳以上は公共交通料金も無料という社会が実現するのであれば、それこそ消費税率が英国と同じ20%になってもよい、という考えに立っている。

前掲書が本当に問題にしているのは、税金の入り口と出口、すなわち徴税目的と使途に、誤魔化しがあってはならない、ということである。その通り。だからこそ、堂々と消費税を福祉目的税化するのがよい。

こうした反対の意見を踏まえて、私としても今後さらに研究を深め、いよいよ消費税が引き上げられる、というタイミングで、新たなシリーズをお届けしたいと考えている。


この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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