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.国際  投稿日:2016/6/14

残留支持する米国の本音と建て前(下)英国はEUから離脱するか その3


林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

シリーズ第1回(1月12日号参照)でも紹介させていただいた、

『国が溶けて行く ヨーロッパ統合の真実』(電子版配信中)

を書くために、日本語と英語の文献を何冊も読んだ。そして気づいたことは、米国のエコノミストやジャーナリストの中には、EUについて「恩知らずだ」と言わんばかりの感情を隠そうともしない人が結構いる、ということである。

第二次世界大戦で荒廃したヨーロッパ大陸諸国を救ったのは、マーシャル・プランの名で知られる、米国からの経済援助であった。

もちろん、この援助は人道的見地からのみ行われたものではない。

米国の資本主義の理念とは、ファシズムも共産主義もともに認めがたい、というもので、ソ連の台頭は看過できない事態であった。

かくして冷戦と称される構造が出来上がって行くわけだが、そうであれば、過去400年にわたって、血で血を洗う戦いを繰り返してきたフランスとドイツ(当時の西ドイツ)がまず和解し、西ヨーロッパがひとつにまとまるというのは、是非とも必要なことであった。

1953年に公開された『ローマの休日』という映画でも、オードリー・ヘップバーン演じる「某国の王女」が、ヨーロッパ統合の動きを支持するコメントをするシーンがある。

これは、当時の米国政財界の空気を反映したものではないかと、私は見ているわけだが、日本では映画そのものは人気が高くとも、こんな短い台詞に着目する人は、まずいないようだ。

話を戻して、冷戦の時代に西ヨーロッパ諸国が復興から経済成長への道を歩むことができたのは、米国の核の傘のおかげで、軍事費の過剰な負担がなかったからである。少なくとも、米国側から見ればそうである。

それが、冷戦が終結した途端、EUという「閉鎖的な単一市場」を起ち上げ、ついにはユーロという新たな通貨まで生み出して、基軸通貨としてのドルの地位を脅かすとは……

ユーロの流通開始と前後して、こんなこともあった。

中国海軍が急ピッチで増強を続ける事態に対応すべく、時のブッシュ(父)政権は、台湾に資金援助する形で、ドイツかオランダの通常型(非原子力)潜水艦を購入させようとした。実は米国は、長きにわたって原子力潜水艦ばかり作り続けてきたため、最新の通常型潜水艦に関しては、その建造ノウハウを持っていないのである。

しかしこの構想は、兵器輸出に関するEU独自の規制をクリアできないとして、実現できずじまいであった。

その一方、EU国籍の軍需産業は、中国市場にがっちり食い込んでいる。

「恩知らずだ」という米国政財界のEU観について、これ以上くだくだしい説明は不要だろう。

したがって、ユーロが誕生した際に、当時の英国が、非常に親EU色の強い労働党ブレア政権であったにも関わらず、財政規律の曖昧さなどを理由に加盟を見送ったことについて、米国政財界が拍手を送ったところまでは、きわめて分かりやすい話である。

私に言わせれば、日本のエコノミストは、往々にしてこの「分かりやすい話」に乗せられてしまい、その裏を読もうとしない。

まず、先に紹介した、ユーロという通貨が、ドルに代わる基軸通貨の地位を狙っている、という話だが、これは米国の一方的な誤解、と言うか、ほとんど被害妄想である。たしかにユーロの流通が始まった直後、ヨーロッパ中央銀行の幹部の口から、いずれは基軸通貨に、といった言葉が聞かれたことは事実である。が、それはユーロを起ち上げた本当の目的とは無縁のものだ。

地球的規模で見れば、比較的狭い西ヨーロッパにおいて、12種類(当初のユーロ加盟国)もの通貨が用いられ、なおかつ基軸通貨はドルであった。このため、西ヨーロッパ域内での貿易で、常に為替リスクを背負わねばならず、無駄もきわめて多かった。

通貨を統一することで、こうした無駄やリスクをなくし、経済をよりダイナミックにしよう、というのがユーロ起ち上げの目的であったに過ぎない。

ではなぜ……と読者も新たな疑問を抱かれたのではあるまいか。

英国がEUから離脱するのを、どうして米国は止めようとするのか、と。実はこれも、割と分かりやすい話なのである。

EUの総人口は今や5億人を超えており、加盟国の多くが高度福祉国家だという事情もあって、世界で最も生活レベルが高い5億人である、との評価に異を唱える人はまずいない。これだけの経済規模をもつEUの混乱が拡大することは、米国経済にも深刻な影響を及ぼすに決まっている。

次回から離脱派の主張を検証して行くが、私の見解を先に開陳させていただければ、来る23日の国民投票では、

「離脱が〈誰得?〉というレベルに留まる以上、たとえ僅差でも残留派が勝つ」

というものである。

後出しジャンケンのような「解説」だけはしたくないので、実際の投票が行われる前に、その根拠については全て説明させていただくことを、ここにお約束する。

乞うご期待。

の続き。その1も合わせてお読み下さい)


この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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