トランプ政権移行大混乱中
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー#05(2017年1月30-2月5日)」
先週後半、ワシントンに出張してきた。第一の目的は、キヤノングローバル戦略研究所が現地のシンクタンク・スティムソンセンターと共催したシンポジウムに参加することだった。幸い、今回は前回以上に多くの旧友と会えたので、現地の雰囲気を直接感じとることができた。状況は予想以上に悪いと思う。
昨年末に続き、約一カ月ぶりのワシントンだったが、今回は大統領就任式後一週間だから、通常なら、新政権はとっくに始動している、いや「しているはず」だった。ところが、トランプ氏は相変わらず「選挙モード」のままらしく、「統治モード」に移行する気配は僅かしか見られなかった。
今回の出張中、政策面での気付きの点は今週木曜日の産経新聞と週刊新潮のコラムに詳しく書いたので、ご関心の向きはそちらを読んでほしい。ここでは新政権のロジ面で気になった点をご紹介しよう。簡単に言えば、今回ほどtransitionすなわち政権移行が混乱しているケースは珍しいということだ。
普通の年でも、政権移行は容易ではない。しかし、通常なら新大統領の側近や選挙チームの中に4年前、8年前の政府高官経験者がいるので、「政権移行」の限界については最小限の理解がある。ところが、今回はそれが全くない選挙チームがキャンペーン状態のまま、ホワイトハウスを占拠してしまったのだろう。
当然、事務的には大混乱となる。各省庁のトップが決まっていないのだから、次官以下の実務高官も当然いないのだ。実務の詳細に関する知識が不十分なまま、大統領令だけが乱発される。トランプ氏がNPD(Narcissistic Personality Disorder:自己愛的パーソナリティ障害)の典型症状を示しているとの指摘も聞いた。ホワイトハウス関係者からは夥しい量の不協和音的情報漏洩があるらしい。何もかも、驚くしかない。
「側近選挙チーム」のうち能力を欠いた連中が淘汰され、プロの「政策立案実施チーム」にとって代わられるまでには、通常でも数カ月かかる。しかし、今回は半年以上かかるのではないか。このままでは、いずれかの時点で内部対立が表面化し、何人かが象徴的に辞任するまで、大混乱が続くだろう。
〇欧州・ロシア
31日に英国議会がEU離脱法案の審議を始める。英最高裁が「離脱には議会の承認が必要」と判断したからだ。これでも離脱の方向性は変わらないのだろうか。2日にはロシア大統領がハンガリー首相と会い、ドイツ首相がトルコ大統領と会う。トランプ政権始動で欧州政治も活発化するのだろう。要注意だ。
〇東アジア・大洋州
2月初旬に米国の新国防長官が日韓を公式訪問する。トランプ氏は韓国首相に米国の防衛義務を確約した。どうやらマティス長官の下で同盟関係に激変が起こることはなさそうだ。問題は中国の出方だろうが、不気味なほど静かなのは当然としても、このまま人民解放軍が静かにしているかは疑問、要注意だ。
〇中東・アフリカ
トランプ氏の大統領令が混乱に拍車を掛けている。イスラム人口多数の7カ国からの移民・難民の入国を厳しく制限する大統領令は出たが、現場は大混乱だ。日本の一部には、対象国にトランプ氏がビジネスで深い関係にあるサウジ、トルコ、UAE、エジプト、インドネシアが含まれないのは何故かと問う声があるらしい。ビジネスと安保の区別もつかないのか、困ったことだ。他方、この措置に対するイスラム圏からの反発も半端ではなかろう。恐ろしい予感がする。
〇南北アメリカ
30日にヨルダン国王が訪米する。なぜ日本より先なのか、などと問わないでほしい。ヨルダンを重視するなんて、トランプ政権にしては上出来ではないか。今こそ、米国がシリアとイラクの周辺国に米国が「現状維持」の決意を示すべき時である。
〇インド亜大陸
特記事項なし。
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。