ようやく「大統領」になったトランプ
井上麻衣子(ジャーナリスト/ビデオグラファー/ストリート・フォトグラファー)
「井上麻衣子のNYエクスプレス」
【まとめ】
・シリア攻撃、米市民の反応様々。
・オバマ氏との違いみせたトランプ氏評価する見方も。
・ただの「人気取り」との批判も出ている。
人道的理由での他国への軍事介入に否定的で、アサド政権の問題はアメリカの外交上、重要事項ではないと言ってきたトランプ氏がいきなりシリアに空爆をしかけたので、アメリカのメディアは大騒ぎである。
シリアで化学兵器が使用され、病院に運ばれる子供たちの痛ましい姿が報道されてわずか数日後の報復措置。CNNでは、呆れ返ったという表情のアンカーたちが「大統領としてあまりに感情的過ぎやしないか?」と、専門家や政権関係者を呼んで様々な推測をする日々が続いている。
■複雑な米市民の心境
2013年、1000人以上が犠牲となりながらも、約束した報復措置を取らなかったオバマ大統領。これに対し、犠牲者を報道されている限り70人超ながら前置きなくいきなりミサイル攻撃したトランプ大統領。筆者の周囲にいるアメリカ市民の反応はどうかというと、それぞれのバックグラウンド、または生活環境により、様々である。
「複雑な心境」と語るのはニュージャージー州在住の40代の女性。2013年当時は、シリア介入か否かについて特に意見など持っていなかったと言うが、その後、中学生の娘が通う学校にシリア難民の同級生が入学してきてからは、他人事ではないと考えるようになったそうだ。遠い中東であっても、子供たちが犠牲になっている姿を見ると、「介入するべきではない」とはとても言えないと考える一方、今回の空爆に「賛成」とは言えず、「平和的解決法をまずは探ってほしい」と語る。
政治好きな民主党支持の知人男性たちは、ほぼ口を揃えて「反対」である。戦略が大事な外交において、「感情に左右され、反射的に行動するなんて問題」「なぜ今空爆が必要なのかと言う国民への説明が一つもないではないか」と言う反応である。
ある民主党支持の40代の男性は1歳半になる娘とマンハッタンで散歩中、通りすがりの男性から突然声をかけられ、「こんな可愛い幼い子供への暴挙は許されない。だからオレはトランプがやったことに賛成なんだ!」と同意を求められたそうだ。反対派の知人は「報道されているように、化学兵器によって苦しんでいる子供たちがいるのは事実だけど、空爆で死亡している子供たちはこれまでにもっとたくさんいたのにテレビで報道されてなかっただけなんですよ。映像を放送することさえできないほどの酷い出来事は今回以外にも起きているんですよ」と説得にかかったそうだが、もちろん聞き入れられなかったそうである。
シリアの勢力争いはあまりに複雑過ぎ、理論的な議論ができないほど難しい問題でもある。
■好意的な意見も
そんな中、シリアと近い、中東や東ヨーロッパ出身のアメリカ人たちの中には、普段トランプ支持ではないにもかかわらず、今回の攻撃には好意的な人が多い印象だ。40代のアルバニア出身男性は、「ロシアなど関係国ともっと時間をかけて事前に話し合うべき」としつつも、「化学兵器使用への抗議としては必要な空爆」と語る。同じく40代のトルコ出身男性は「アラブの春を仕掛け中東を混乱させたアメリカには、中東問題に関わっていく責任がある」と語る。
■トランプはようやく大統領になった
イギリスの電子メディアindy100によると、「シリア人たちは、トランプ氏支持を表明するため、自分たちのツイッターのプロフィール写真をトランプ氏の顔写真に変えている」という。中東問題に詳しい専門家ファリード・ザカリア氏は、数日前まで、「トランプは口ばかりで実際には何もしていない」と批判していたのに、シリア空爆後、テレビで「これで彼はアメリカの大統領になった」と褒めていたのも印象的である。アメリカの新大統領はオバマ氏とは違うと言う、アメリカの新外交を見せつける機会になったということである。
これに対し、7日付けの「ウォール・ストリートジャーナルで中東問題専門のコラムニスト、ヤロスラフ・トロフィモフ氏が7日付けのコラムで指摘し興味深かったのは「オバマにできなかったことをトランプ氏がやった訳ではない」と言うことだ。
2-013年当時アサド政権は、アメリカが攻撃すれば大きく揺らぎかねない状況であり、アサド政権なき後を誰がどう担うのかという計画無くして介入することは、大混乱を招く可能性があった。それに対し、現在のアサド政権はロシアの後ろ盾を得て、当時より格段に勢力を盛り返しており、今回のような小規模の空爆ではビクともしない、つまり今後に責任を取ることなく、アメリカの意思表示をすることはある意味簡単だったという見方である。
大統領選でのロシアの干渉問題や縁故採用問題などで連日メディアから批判されてきたトランプ氏にとっては、一気に大統領らしさをアピールする絶好の機会だったというわけである。
9日付けのワシントンポスト紙では、コラムニスト、アン・アップルバウム氏は「トランプのシリア攻撃によって変わるものは何もない」と題し、メディアが大騒ぎしているが、大統領には何の策もなく、ただの人気取りに過ぎない」と痛烈に批判する記事を寄稿している。
選挙戦の時と同じように、メディアも国民も、トランプ氏が次々と仕掛ける新しいニュースに惑わされ、真に重要な問題を追求し忘れることのないようにしたい。
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この記事を書いた人
井上麻衣子ジャーナリスト/ビデオグラファー/ストリート・フォトグラファー
在米ジャーナリスト/ディレクター
コロンビア大学大学院修士課程 Master of Public Administration修了