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.国際  投稿日:2017/5/11

文在寅圧勝、しかしもって3年


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

5月9日に実施された韓国大統領選の得票率は、左派系最大野党「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)候補が、13,423,762票の41.08%を獲得し新大統領に当選した。2位は保守系の自由韓国党の洪準杓(ホン・ジュンピョ)候補が、7,852,843票の24.03%を獲得、3位は左派中道の国民の党の安哲秀(アン・チョルス)候補が6,998,323票の21.41%を獲得した。文候補と安候補は直前のギャラップ調査の誤差範囲内であったが、洪候補は大きく外れた。洪候補は世論調査よりも8ポイントも高い結果となり、やはりというか保守系標本の抽出に問題があったことが示された。3,280万人が投票に参加し暫定投票率は前回2012年の時より1.4%増の77.2%となり20年ぶりの高さとなった。

 

1、選挙結果分析 若者の安保意識低下と経済格差問題

文在寅候補が洪準杓候補に大きく差をつけた地域は、首都圏と全羅道であった。これに対して洪候補は、慶尚道を席巻したものの、江原道の半分と京畿道北部それに忠清道の一部を獲得したにとどまった。

そうとはいえ、壊滅的だった保守の牙城である慶尚道を取り戻した意味は大きい。自由韓国党立て直しで大きな担保が確保されたと言えるからだ。惜しむらくは安哲秀候補に流れた10%近い保守票を取り戻せなかったことだ。選挙の期間があまりにも短かったことが影響したと思われる。

自由韓国党から分裂した「正しい党」ユ・スミン候補の獲得票6.76%と安哲秀候補に流れた10%近い保守票を加えると40%となることをみても、保守勢力の分裂が保守敗北をもたらしたことを明示している。

世代別に見ると、20、30、40代では文在寅候補支持が圧倒的に多く、50代でも保守を越えた。60代以上では洪準杓候補支持が多かった。安哲秀候補はいずれの世代でもトップを取れなかった。

対立構造も解消されなかった。地域別に見ると、ソウル以外では依然として全羅道対慶尚道の対立構造が目立った。特に深刻な対立構造は世代間対立である。若者と高齢者の意識断絶は一層深まっている。その主な要因は若者の安保意識低下と経済格差問題にあるとみられる。

 

2、文新大統領の前に立ちはだかる難題 

文在寅氏が新大統領に就任したが、提起される課題は決して少なくない。先行きも安定的でない。その最大の要因は得票が50%を超えなかったことにある。60%もの有権者が文候補を支持しなかった意味は決して軽視できない。

また洪準杓候補の活躍で保守の分裂に歯止めがかかったことも文候補の前途を暗くしている。洪候補が保守分裂の苦境の中で24%もの票を獲得したことは保守の新リーダー誕生を意味する。文候補側が保守を壊滅させると叫んでいたがそれは難しくなった。

 

■少数与党の壁

特に問題なのは国会の議席が過半数に満たず少数与党だということだ。左派中道系の国民の党と極左の正義党の協力を得ても、「与野党間で意見の食い違いがある法案を本会議に上程する場合、在籍議員5分の3以上が賛成しなければならない」と規定した「先進化法」をクリアするのは容易ではない。

約10年ぶりに政権与党に復帰した「共に民主党」は第1党であるものの、議席数(計300)は119に過ぎない。一方、朴政権で与党だった保守系「自由韓国党(旧セヌリ党)」は現在94議席だが、セヌリ党を離党した議員らが結成した「正しい政党」の国会議員の一部が同党を離党し、自由韓国党に復党するとしており、手続きが終われば106議席になる。

40議席の左派中道系「国民の党」は与野党間でキャスティングボートを握り、大規模な離党を阻止して院内交渉団体(20議席以上)の資格を維持した「正しい政党」も無視できない勢力だ。

そのため新政権と「共に民主党」だけでは主な法案の国会通過さえままならないというのが現実だ。政界では新政権が韓国の憲政史上最弱になる可能性があるとの見方も出ている。

■険しい人事の壁−国会聴聞会

首相や閣僚の人事も険しい道となることが予想される。大統領職の引き継ぎ委員会が設置されなかったため、新政権の初代首相や閣僚候補に対する検証が不十分になる可能性も排除できない。国会の人事聴聞会で野党側が反発すれば、閣僚の任命も難しくなる。

■簡単ではない政府の組織改編

政府の組織改編も難しくなる見通しだ。これまでの政権は発足するたびに組織改編で与野党間の攻防があった。文氏は大統領選期間中に

▼中小ベンチャー企業部の新設

▼外交部を外交通商部に改編

▼海洋警察庁・消防防災庁の独立

▼公職者の不正を捜査する組織の設置

▼未来創造科学部の改編

▼教育部の機能縮小

−−などを公約として掲げた。しかし既得権勢力がやすやすと利権を渡すとは考えにくい。首相や閣僚の人事、政府の組織改編、改憲議論などで与野党が対立した場合、新政権が数カ月にわたり機能しない事態も起こり得る。

■改憲問題

さらに改憲議論も今後の政局を左右する変数となる。大統領選で改憲が争点になると、主要候補は2018年の統一地方選で改憲の賛否を問うとの立場を明らかにした。政界では野党側が改憲を材料に与党への圧力を強める可能性が高いとの見方が出ている。

■所得格差の解消と失業率の改善

人口約5050万人の韓国。失業者は116万7千人。うち約47%の54万3千人が大学卒業以上で初めて50万人を突破(韓国統計庁)。家計負債額も増え続け1300兆ウォン(約130兆円)。一方で貧富の格差は開くばかりだ。

朴前大統領を弾劾に追いやった根底には、所得の格差や若者の失業率の高さがあった。若年層を支持基盤とする文大統領がこの点を解決できなければ、政権はすぐにほころびを見せるだろう。

文大統領は公務員枠の拡大をはじめ公共部門での雇用を80万人増やし、中小企ベンチャー企業創出をはじめとした部門での雇用拡大で110万人規模の雇用創出を主張しているが容易なことではない。もしもこの政策が失敗すれば我慢することに慣れていない若者層が再びデモに出てくる可能性は十分にある。

 ■待ったなしの外交安保

特に心配されるのは外交安保分野である。親北朝鮮姿勢を明確にする対北朝鮮政策では保守と対立しているだけではなく、THAAD(サード)問題などで米国とも対立している。また日本とは慰安婦合意問題での対立は明確だ。米、日だけではなく中国とも複雑な状況だ。

そればかりではない。北朝鮮核問題を自身が主導すると息巻いている文大統領であるが、そもそも北朝鮮は一貫して核問題は韓国と協議する問題ではないと主張している。願望を持つのは良いが、現実離れすると今度は朴前大統領とは違った意味で孤立することになる。

■分裂した社会の統合

今回の大統領選挙には13人もの候補が乱立した。これは韓国社会の分裂状況を如実に表したものだ。そのため新政権にとって「協力政治と連合政府」は選択ではなく必須になる見通しだ。

文氏もこのような現実を認識し、統合の意思を明らかにした。文氏は9日、投票を済ませた後に記者団に対し、「選挙が終わればこれからわれわれは一つ」とし、「競争したほかの候補、ほかの政党を私から迎え、協力する政治をする。国民も選挙が終われば一つになり、国民統合を必ず成し遂げて下さるよう願う」と強調した。

統合政府は党派や地域、世代を超え、公平を原則に韓国最高の人材を発掘し、最高の政策を作る政府を目指すことだという。ただ、野党側が大統合にどの程度応じるかについては不透明だ。「保守を壊滅させる」と叫び分裂を煽った文氏がにわかに「統合」を叫んでも保守層がそう簡単に許すはずはない。「協力政治と連合政府」という政治体制を構築するというが、文氏の力量では多分無理であろう。

 ■尾を引くスキャンダル

文新大統領には、疑惑が解明されていないスキャンダルも多い。

まず挙げられるのが、2003年の釜山(ブサン)貯蓄銀行問題だ。釜山貯蓄銀行の大株主や当時の大統領府の関係者と会った席で、金融監督員担当局長に、釜山貯蓄銀行への検査に手加減してほしいという趣旨の電話をかけたというものだ。

また対北朝鮮問題では有名な「国連北朝鮮人権決議棄権問題」がある。2007年、当時の盧武鉉大統領と金正日総書記による第2回南北首脳会談(07年10月2~4日)から約40日後の11月18日、盧大統領が主宰した会議で、北朝鮮人権決議案への賛成を求める宋旻淳(ソン・ミンスン)元外交通商部長官と棄権を支持する出席者らの間で論争が激化し、金万福(キム・マンボク)国家情報院長が北朝鮮に直接意見を求めることを提案、文在寅氏がこの提案を受け入れ、南北ルートを使って北朝鮮の立場を確認するとの結論を出したとした疑惑である。この問題は大統領選の過程で訴訟にまで発展したが、今後の火種として残っている。

もう一つ大きな問題は息子の「韓国雇用情報院不正コネ就職問題」である。文大統領の息子は2006年に準政府機関である韓国雇用情報院に採用され就職したのだが、この採用に不正があったのではないかという疑惑である。2006年といえば文大統領が盧武鉉政権の青瓦台民政主席秘書官という国家権力の中枢にいた時期である。この息子は大統領選挙期間中姿をくらましたので自由韓国党が行方を追及している。

その他大小のスキャンダルがあるが、以上の主要なスキャンダルと山積する難題を重ね合わせると、文政権は3年を経ずしてほころびが出るとの見方が有力だ。すでに朴サモ(朴前大統領を支持する勢力)を中心としたセヌリ党(代表チョウ・ウォンジン)は、朴前大統領弾劾罷免事態が法治主義に反し、文大統領のスキャンダルが弾劾に値する内容だとして「弾劾」準備に入っている。


この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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