北朝鮮の挑発に一喜一憂するな
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー2017#37(2017年9月11-17日)
【まとめ】
・北朝鮮は電磁パルス攻撃は行わないだろう。直接米軍基地を攻撃したほうが手っ取り早い。
・日本のメディアは北朝鮮の一挙手一投足に一喜一憂し過ぎる。
・危機を煽る報道には十分注意が必要だ。
今週も日本では北朝鮮による6回目核実験の余波が続いたが、米国からの報道はカリブ海諸国から米国のフロリダ州を襲ったハリケーン被害の話ばかり。11日には国連安保理で新たな決議案が採決されるかもしれないというのに。やはり、世界中どこでも、国内災害ニュースが国際ニュースに優先するようだ。
現在報じられている「修正決議案」の内容は流動的。コメントするのは時期尚早だろうが、内容は見なくても見当が付く。中国が石油や石油精製品の禁輸を簡単に受け入れるとは到底思えないからだが、いずれ何らかの決議は採択される。決議が出来なければ、更に間違ったシグナルを送ることになるからだ。
今週気になった記事は北朝鮮のEMP(電磁パルス)攻撃に関するものだ。EMP兵器とは、核爆弾を上空で爆発させ、発生した電磁波で地表近くの電子機器などを大量の電流で破壊する能力を持つ兵器のことだ。北朝鮮が9月3日にEMP攻撃の可能な核弾頭を開発したと発表したため、ちょっとした騒ぎとなった。
確かに、日本での対策はまだ緒に就いたばかりだそうだが、理論的には昔から知られていた。何故今頃大騒ぎするのか、ちょっと不思議なくらいだ。欧米では北朝鮮によるEMP攻撃に懐疑的な声も少なくない。確かに実際に使われれば大混乱となる可能性は否定しないが、北朝鮮は本当に使うだろうか。
日本を例に考えよう。仮に日本上空でEMP攻撃を行えば、電力供給や交通網に大混乱が生じるだろう。だが、肝心の在日米軍にはある程度の防御手段があるはずだ。されば、こうしたマドロッコシイ攻撃より、直接米軍基地を核ミサイルで攻撃した方が手っ取り早い。技術的可能性と使用の蓋然性は違うのだ。
EMP攻撃に限らず、日本のメディアは北朝鮮の一挙手一投足に一喜一憂し過ぎるのではないか。このような未確認情報の垂れ流しや反復報道は、有事における日本社会、日本国民の対応能力を著しく低下させかねない。これでは北朝鮮側の思う壺ではないのか。徒に危機を煽る報道には十分注意が必要だ。
〇欧州・ロシア
欧州各国がようやく本格始動する。11日にはノルウェーの議会選挙、12日にはイタリア議会が選挙法改正案の原案を決定する。同日、フランスでは労組連合が政府の労働改革に反対しストライキを実施する。労働者にとってパラダイスは社会主義の中国ではなく、フランスであろう。
〇東アジア・大洋州
上述の通り、11日にも北朝鮮に対する追加制裁決議が採択される可能性がある。もう一つの問題は北朝鮮の反応だ。これについても、ICBMの発射から新たな核実験の実施の可能性まで、あらゆる可能性が報じられているが、これも一喜一憂ではないのか。北朝鮮の核となるとマスコミは思考が一時停止する。
〇南北アメリカ
今週米国では、新たな巨大なハリケーン関連の報道で明け暮れた。今回はテキサス州ではなく、フロリダ州だったが、最も興味深かったのは米国の地方政府が数日前から「強制避難命令」を出していたことだ。これが出ると市民は避難する義務があり、逆に、当局は避難しなかった住民に対し責任を負わない。
命令発令後、市内に留まる住民がいれば、当局側は「彼らは自己責任であり、政府は救出しない」と明言していた。しかし、こんなことを日本の地方自治体関係者が言ったら大騒ぎになるだろう。良くも悪くも米国は徹底している。自己責任で行動する自由と救出される権利は共存し得ないのだ。
〇中東・アフリカ
10日から20日まで、米軍とエジプト軍が共同軍事演習を実施する。エジプトといえば、最近米国が対エジプト軍事援助の減額や一部延期で大騒ぎになった国だ。あれだけ騒いでも、両国間の軍レベルの協力は意外にしっかりしているらしい。少しだけだが、ほっとした気分になる。
〇インド亜大陸
12日から安倍首相がインドを訪問する。また、12日にから始まる恒例の国連総会では日米印三国外相会談も検討されているという。当然議題の一つは北朝鮮問題となるらしい。今週はこのくらいにしておこう。
いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
(この記事は、国連安全保障理事会における北朝鮮制裁決議が採択される前に書かれたものです。)
トップ画像:北朝鮮に対する制裁決議案を採択した国連安全保障理事会 2017年9月11日 出典:UN Photo / Mark Garten
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。