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社会  投稿日:2018/2/7

南相馬の医療崩壊 求められる改革

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上昌広(医療ガバナンス研究所 理事長)

「上昌広と福島県浜通り便り」

【まとめ】

多くの病院の経営が悪化しており、精神科を除く一般病院の利益率はマイナス4.2%だった。

いわき市内の「ときわ会グループ」、その中核の常磐病院が急成長している。

南相馬市の医療が崩壊の瀬戸際に。経営状態悪い市立総合病院は「救急医療」に特化すべき。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はhttp://japan-indepth.jp/?p=38324でお読み下さい。】

 

 

 五十嵐北斗君という若者が、私が主宰する「医療ガバナンス研究所」でインターンを始めた。笑顔が素敵な好青年だ(写真1)。五十嵐君は中央大学商学部の4年生。今春、卒業予定だ。実は、彼には大学生とは別の顔がある。「trimy」というベンチャー企業の社長だ。医学生向けの初期臨床研修向けのマッチングサイト「ホクトレジデント」を運営している。ベンチャーキャピタルから資金を調達して立ち上げたらしい。私のところに来たのは、サイトの作り込みについて相談するのが目的だ。

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(写真1)筆者(右)と五十嵐北斗君(左)。医療ガバナンス研究所にて。
🄫上昌広

 

 彼は研修医のマッチングについて随分と調べていた。名門病院はほぼ知っていたし、研修医が抱える問題も熟知していた。商学部の学生のレベルを超えていた。私は彼の経歴を聞いて納得した。世界で初めて全身麻酔を用いた手術を成功させた華岡青洲の縁戚だという。1966年に有吉佐和子が発表した『華岡青洲の妻』で描かれた一族だ。親族は北海道で病院を経営している。五十嵐君は医者に囲まれて育ち、病院経営を肌感覚で知っているようだ。

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写真)華岡青洲 
出典)Public Domain

 

 では、彼にどのようにアドバイスしたのだろうか?私は「君のサイトで病院の経営状態を紹介したらどうだろう」と勧めた。幸い、大学病院をはじめ、多くの大病院が財務諸表を公開している。大学生が就職活動をする際、もっとも注目するのは企業の経営状態だろう。慢性的な赤字で、改善の目途がたたない企業に就職するのは、よほど奇特な学生だけだ。ところが、医学生の間で、このことは議論されない。

 

 我が国では診療報酬は、厚労省が全国一律に決めている。社会保障費を抑制するため、診療報酬が据え置かれ、多くの病院の経営が悪化している。厚労省が発表した2016年度の「医療経済実態調査」では、精神科を除く一般病院の利益率はマイナス4.2%だった。前年度より0.5ポイント悪化していた。

 

特に深刻なのは、物価が高い都市の総合病院だ。少子化が進み、不採算となる小児科や産科を抱え、「選択と集中」することが出来ない。日本医大、東京女子医大、聖路加国際病院、亀田総合病院などが赤字経営であることは有名だ(参考:プレジデントFACTA

 

最近、三井記念病院が債務超過に陥っていることも明らかとなった(参考:選択 2018年1月号))。高い医療レベルを維持するには、投資が欠かせない。赤字病院には余裕はない。このような病院は、医学生は避けるべきだ。

 

 ところが、現実は正反対だ。昨年のマッチングでも聖路加国際病院亀田総合病院が上位に入った。中間発表では、それぞれ定員24人、28人に対して、59人、48人が応募した。投資余力のない病院に大勢の若手医師が集まっている。一般企業ではあり得ないことだ。

 

この状況は都心の名門病院に限った話ではない。地方では、別の形で若手医師が不適切な病院に配置されている。東日本大震災以降、私は福島県浜通りの医療支援を続けている。震災からもうすぐ7年となるが、健全な形で病院を維持していくには、つくづく「経営」が重要だと痛感する。

 

 現在、浜通りの医療機関で急成長しているのは、いわき市内の「ときわ会グループ」だ。その中核が常磐病院(一般床150、療養床90)である。泌尿器科・人工透析を中核としたグループで、1982年に常盤峻士医師がいわき市内に「いわき泌尿器科病院」を開設したのがきっかけだ。その後、成長を続け、2010年4月にはいわき市立常磐病院を譲り受けた。現在、グループ全体で2つの病院、一つの有床診療所、5つのクリニック、さらに介護施設、訪問看護ステーション、幼稚園なども経営している。

 

 筆者が知り合ったのは、東日本大震災の時の透析患者の搬送をお手伝いしたことがきっかけだ。これ以降の躍進は目覚ましい。震災前8名だった常勤医は、この4月には25名になる。うち内科医は9名だ。このグループの特徴は、経営が安定し、しっかりと投資していることだ。それが、医師集めに貢献している。

 

震災後、即座に内部被曝検査(ホールボディーカウンター)を導入した。ロボット手術であるダヴィンチシステム、PET-CTがん検診、さらに加藤茂明・元東大分子生物学研究所を雇用し、基礎研究室まで立ち上げた。2017年度は32本の英文論文・レターが英文医学誌に掲載された。これはやる気のある医師や看護師にとって、大きなアピールになる。

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写真)ホールボディーカウンター
出典)Palantir-palantir

 

昨年は前徳島県立中央病院長の永井雅巳医師が赴任した。この4月には日本の血液界を代表するような教授が、大学を辞してときわ会に移籍する。ほか数名の二十代、三十代の医師がやってくる。彼らは「ときわ会なら、新しいプロジェクトにチャレンジできる」という。

 

人口34万5209人(2018年1月1日現在)のいわき市で、医師は不足している。人口10万人あたりの医師数は199人で、長崎県の五島列島より少なく、対馬と同レベルだ。世界的にはリビアやメキシコと同水準だ。成長の余地が残されている地域に、優秀な経営陣がいるのだから、全国からやる気のある医師が集まるのもむべなるかなだ。

 

対照的なのが、南相馬市立総合病院だ。同院が位置する相双地区の人口10万人あたりの医師数は110人。全国平均の半分以下で、世界的にはアルバニアやチリと同レベルだ。この地域の医療が崩壊の瀬戸際にある。問題は内科だ。家庭の都合などで、常勤医師の退職が続いた。今春から常勤の内科医は1名となる。

 

昨年4月、同院の院長に就任した及川友好医師は医師確保に努めるが、問題は容易に解決しそうにない。その理由は、南相馬市立総合病院の経営状態が悪いからだ。

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写真)南相馬市立総合病院
出典)南相馬市立総合病院HP

 

2016年度の決算では、医業収益は約34億1744万円なのに、医業費用は42億5471万円もかかっている。補助金・交付金収入は4億7454万円だ。

 

さらに固定比率(固定資産/自己資本)は351%、固定長期適合率(固定資産/自己資本+固定負債)は134%もある。自治体病院の平均は71%だ。2017年に完成した脳卒中センターなどの固定投資(総事業費58億円)が大きくのしかかっている。

 

この状況で、さらに人工透析を始める(8床)。1月21日の市長選挙で敗退した桜井勝延市長の肝煎りの政策という。これは、おそらく病院のためにも、患者のためにもならない。人工透析クリニックの経営者は「この規模で始めても、黒字にはならないし、医師や看護師は確保できない。医療事故のリスクがある」という。

 

南相馬市立総合病院がやるべきは、病院が持続可能なように、診療科を見直すことだ。その際、地域から何を求められているか、具体的に考えるべきだ。

 

私は市民病院しかできないことは、「救急医療」だと思う。この中には一般外科、脳外科、整形外科、循環器内科、小児科などが含まれる。幸い、一般外科は3人、脳外科は6人、整形外科は2人、循環器内科は2人、小児科医は1人の常勤医がいる。さらに、この病院は初期臨床研修指定病院で、最大8名の初期研修医がいる。

 

私は「救急医療」に特化し、その他の診療科を削減するしかないと思う。内科は、初期研修医と彼らの教育に熱心な指導医を中心に体制を整備し、足りなければ、6名もいる脳外科医にサポートして貰えばいいだろう。

 

周辺の病院と競合する人工透析や、開業医と競合する診療科は撤退すべきだ。さらに、専門技量を身につけたい若手内科医を強制的に配置して、内科医不足の数合わせをすべきではない。彼らの成長を損ね、数年後には我が身に返ってくる。嫌気がさして、他の地域にでていくかもしれない。南相馬市の医療の発展を願うなら、いまこそ彼らに投資して、専門的な技量を身につけて貰うべきだ。この判断ができるか否かは、及川友好院長と門馬和夫・新市長にかかっている。

 

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写真)及川友好院長
出典)南相馬私立総合病院HP

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写真)門馬和夫・新市長
出典)福島県南相馬市HP

 

病院経営者の中には、自らの失敗を棚に上げ、他者に負担を押しつける人が少なくない。厚労省の審議会の委員の中には「若手医師に地方での勤務を義務化すべきだ」と主張する者までいる。犠牲になるのは、いつも若手医師だ。「医師を派遣して欲しい」と言われ、ダメ病院に派遣される。

 

やるべきは、若手医師の派遣ではなく、駄目なリーダーを退場させることだ。南相馬市は市長が交代した。今こそ、過去の問題を総括すべきだ。

 

残念ながら、これが難しい。我が国の病院は情報開示に消極的で、現状が市民に伝わらないからだ。市民の支持がなければ、働かない医師や事務員などの「抵抗勢力」の利権に切り込むことは出来ない。この点で、冒頭にご紹介した五十嵐さんの取組に期待したい。初期臨床拠点病院だけでなく。広く一般病院も調査してもらいたい。

 

相双地区は、今後も人口が減少する。縮小する町で如何に医療提供体制を維持するか、難しい問題だ。今回、ご紹介したのは、私がみた被災地の医療の現状だ。患者と現場の医師以外の様々な思惑が交叉し、患者と現場が犠牲になっていることがお分かりいただけただろう。私は、被災地と付き合い続けたいと思っている。どうすべきか思案している。

 

写真)常盤病院
出典)ときわ会HP

 

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この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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