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.国際  投稿日:2018/3/9

北朝鮮の譲歩は本物か


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視 」

【まとめ】

 

・北朝鮮の核兵器開発問題における譲歩姿勢は戦術的な作戦。

・ワシントンの大手研究機関のCSISが報告書は進展を否定。

・アメリカと韓国の政策調整が重要となる。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttp://japan-indepth.jp/?p=38820でお読み下さい。】

 

北朝鮮の核兵器開発問題での大幅譲歩とも受け取れる言明は本当に核放棄の意向表明なのか。アメリカとの対話に応じるという態度は本物なのか。ワシントンの大手研究機関の戦略国際問題研究所(CSIS)ビクター・チャ朝鮮研究部長らが3月7日、見解を発表した。その見解をまとめれば、北朝鮮の最近の言動はなお真実の譲歩ではなく、戦術的な作戦のシフトにすぎない可能性が高い、という受けとめ方である。

 

朝鮮情勢では韓国大統領府の鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安保室長が3月6日の記者会見で韓国と北朝鮮の両首脳の会談開催を発表するとともに、以下の諸点を韓国の北朝鮮訪問団が北側から直接に得た情報として公表した。

文中1

写真)鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安保室長

出典)パブリックドメイン

 

北朝鮮は朝鮮半島非核化の意思を明確にし、北朝鮮への軍事的脅威が解消されて体制の安全が保証されれば、核を保有する理由がない点を明確にした。

 

・北朝鮮は非核化問題の協議と米朝関係の正常化のため、米国と虚心坦懐に対話をする用意があると表明した。

 

・北朝鮮は対話が持続する限り、新たな核実験や弾道ミサイル発射実験など戦略的な挑発をしないことを明確にした。

 

以上はあくまで韓国側の発表である。北朝鮮当局が直接に表明した方針でも政策でもない。金正恩委員長らと会談をしてきた韓国政府要人たちの言明なのだ。とはいえ文字通りに読めば、北朝鮮が核兵器の放棄をも示唆したという点で画期的な方針転換とも響く。大幅な譲歩として映る。さてそれをどう読めばよいのか。

 

 北朝鮮の核問題に正面から取り組むワシントンの大手研究機関のCSISで朝鮮情勢、とくに北朝鮮の動向を詳しく追って、研究している朝鮮部はいち早く3月7日、同部長のビクター・チャ氏と同部研究員リサ・コリンズ氏の連名で「北朝鮮問題での大進展なのか」と題する報告書を発表した。

 

同報告書は冒頭の部分で今回の北朝鮮の動きを「私たちは北朝鮮問題に関して大前進を果たしたのか」という疑問の提起で特徴づけている。そしてその答えとして「いや、まだ果たしてはいない」と述べていた。要するに本当の意味の大前進ではなく、北朝鮮側の大譲歩でもない、というのである。

文中2

写真)米トランプ大統領に電話する韓国文在寅大統領 2018年3月1日

出典)韓国大統領府

 

同報告書はそうした慎重で懐疑的な見方の理由として以下の諸点をあげていた。

 

・北朝鮮がアメリカとの対話をしてもよいというのは、アメリカによって引き起こされた危機を回避するための手段であり、北朝鮮が唱える「朝鮮半島の非核化」とは新しい提案ではなく、 韓国への米国の拡大核抑止を終わらせ、米韓同盟を弱くしようという年来の試みの一環である。

 

・北朝鮮のいまの外交攻勢も「並進路線」戦略全体のなかにおいてみなければならない。「並進」とは核兵器開発と経済開発とを同時に進めることであり、一方だけを後退させるわけではない。いまの北朝鮮の態度は対外戦略の大幅な変更ではなく、核兵器開発を基礎にして、それを利用して外部世界から経済的な利益を獲得するという方法への戦術的なシフトだといえる。

 

アメリカと韓国の政策調整が重要である。韓国自身もこれまではいかなる南北会談の進展も米朝間の北の非核化問題の協議と並行して進めると述べてきた。だが今回は韓国はアメリカの意向を聞く前に北朝鮮との南北首脳会談の開催をアメリカには条件などを事前に詳しく告げずに決めてしまった。

 

・北朝鮮の核問題については多国間、二国間を問わず、いかなる交渉でもかつての6ヵ国協議の2005年の声明での原則明示が有益となる。この声明はこれまでで北朝鮮が核兵器の放棄、核開発計画の放棄を明文化した、ただ唯一の誓約である。この声明は米国が北朝鮮を核兵器でも非核の通常兵器でも攻撃しないことを述べた安全保障の確約でもあった。この確約は日本、中国、ロシアなど他の関係諸国も認めるだろう。

 

 以上のように、アメリカ側からすれば、「北朝鮮の核放棄」も「北朝鮮の安全保障の保証」もすでに一度は約束したこともあるのだ、ということになる。だがかつてのその約束はみな破られてしまった。今回も同じように北朝鮮が言葉だけの「核放棄」を唱え、実効措置をとらない可能性が高いのだ、と示唆しているわけである。

 

このようにアメリカ側では北朝鮮に対して慎重で不信に満ちた対応が多いのだ。

 

 

 

TOP画像:韓国文在寅大統領からの親書を北朝鮮金正恩委員長に手渡す韓国大統領府国家安全保障室の鄭義溶(チョン・ウィヨン)室長 2018年3月5日

出典)韓国大統領府 Photo by Cheong Wa Dae

 

 

 

 

 

 

 


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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