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.社会  投稿日:2019/2/23

3種の救命手当教育を1つに~世界が挑戦 市民への統合型救命教育~4


照井資規(ジャーナリスト)

【まとめ】

・救命のチャンスは倒れてから1分から3分以内。対処は「心臓を止めるな!」。

・救命手当教育は心肺停止、外傷救護、熱中症の3種統合体験型へと進化。

・救命手当教育は「簡潔明瞭」に教えるべきだが簡単ではない。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=44304でお読みください。】

 

総務省消防庁との調べによると、AEDの一般人による使用の認可が下りた翌年の05年の時点での使用率は0.2%、 12年の時点でも使用率は3.7%、このうち約半数は医療従事者による使用である。普及が積極的に進められ、しかも自動的に指示してくれるAEDですら現在でも使用率は4%程度であるから、教育所要の大きい救命止血法の実施率向上には相当な困難を伴うであろう。

外傷傷病者の対応能力の現状はどうであろうか。2013年4月15日に発生した「ボストンマラソン爆弾テロ事件」では死亡3名、重軽傷282名、負傷者は近傍の5つの病院に搬送された。少なくとも10名が四肢切断を余儀なくされたと報じられている。最初の負傷者が病院に搬送されたのは事件発生から僅か20分後であり他に類を見ない早い搬送と言われた。

一方で、日本国内で昨年、相模原で発生した「障害者施設殺傷事件」では、死亡19名、重軽傷26名、犯行は約1時間に及んだ。救急隊の先発隊が現地に到着したのは犯人が現場から逃走してから15分後、最初に負傷者が搬送出来たのは、通報から約1時間半後で全員の病院への搬送が完了したのは、事件発生から約5時間後であった。それぞれの事件の状況に差があるとは言え、その差は大変大きい。

日本外傷データバンク報告12によると、07年から11年の間の救急外傷患者の内訳では、銃創が0.1%、刺創等が3.1%である。現時点では日本は安全であると言えるが、一年間に押収される拳銃は約400挺、許可を受けた銃砲刀剣類の数は15年現在(16年度警察白書統計)ライフル銃 30,235挺、ライフル銃以外の猟銃 144,986挺、合計175,221挺である。

かなりの殺傷力を持つ銃は国内にも多く存在している。今や日本は個人が過激化することで発生する「個人テロの時代」であり、周辺危機も日増しに高まっている一方で、頼みの自衛官の救護能力の乏しさが問題視されている。

日本の救命救急の考え方で最も問題であるのは「心臓を生き物であると意識していない、心臓が止まってから何とかしようとする」ことだと言われる。日本語の「救命手当」を英語ではLife Support「生命を支える」と言うように、人の生死は人知の及ぶ領域ではなく、人ができるのは、死に瀕した状態から生へと連れ戻すことに過ぎないとする一神教の考え方の方が実情に則している。

2018年現在、日本では救急救命士に次の特定行為が認められている。

1 食道閉鎖式エアウエイ、ラリンゲアルマスク、または気管内チューブよる気道確保

2 乳酸リンゲル液を用いた静脈路確保のための輸液(薬剤投与の為)

3 エピネフリン投与(薬剤投与)ブドウ糖溶液の投与

4 乳酸リンゲル液を用いた静脈路確保および輸液(心停止前静脈路確保)

4以外は呼吸機能と心臓機能のどちらかが停止、または両方停止している心肺機能停止状態にならなければ行うことができない。心肺機能停止前に重症の患者に対して行えるのは、4の増悪(ぞうあく)するショック状態(心原性ショックが強く疑われる場合を除く)である可能性が高い、もしくは、クラッシュ症候群を疑うか、それに至る可能性が高い、15歳以上(推定含む)である傷病者に対して行う静脈路確保のみである。

一方で北米大陸であればカナダからアメリカ、メキシコに至るまで救急救命士は呼吸機能停止、心臓機能停止に陥らないように努めるため、日本よりも行える特定行為が多い。また、日本の救急救命士が特定行為を行えるのは救急車内またはその周辺(医師の具体的指示が届く範囲)に限られているため、病院内や救急車から離れた場所では特定行為は行えない。市民の救命手当教育が普及したとして、そうして繋がれた命の先はどうなるのか、解決すべき課題は山積みである。

 

■ 救命教育に縦串を通せ!3種統合体験型救命教育の取り組み

世界での救命に関する進歩は速い、ILCOR(※1)が定めるガイドラインも2015年までは5年毎に作成されてきたが、2017年からILCORは迅速な対応をするため1年毎にCoSTR集(※2)として発表し重要なトピックについて迅速な勧告がなされることになった。市民に対しては図「統合体験型救命手当教育」にあるように、それぞれに行ってきた救命教育を一つに統合する傾向がある。非外傷性心肺停止、外傷、熱中症による生命の危機は1人の身体上に起こることであるから、1つの考え方で3種類に体系的に対応できた方が救命率の向上を期待できる。

日本に必要な救命教育は図「心臓を止めるな!循環・呼吸・環境」にあるようにそれぞれの救命法に縦串を通すような総合的な内容である。

▲図 統合体験型救命手当教育 制作:照井資規

 

■ 「心臓を止めるな!」

呼吸機能も心臓機能も止まってしまう前に機能維持に努めた方が遥かに救命率は高い。日本語で「心肺蘇生法」と翻訳されるCPR(Cardio Pulmonary Resuscitation)も、 「心肺機能」をRe「再び」sustain「持続させる」である。

心臓はポンプ機能を担っているが、図「心臓とポンプの違い」のように「生き物」であることを強く意識しなければならない。心臓のポンプ機能が停止し、時間が経つにつれ、心臓の細胞から酸素をエネルギーが失われてしまったならば、心臓が再び動き出すことは極めて難しい。

▲図 心臓とポンプの違い 制作:照井資規

しかし、実際は心臓のポンプ機能が停止した直後は、心臓が完全に停止しているのではなく、心室細動(VF)/無脈性心室頻拍(pulseless VT)、すなわち痙攣している状態にあることが多い。図「心臓を止めるな!循環・呼吸・環境」にあるように、心臓が細動状態で血液を送り出せない状態であっても、動いてはいるのであるから再び正常な動きを取り戻せる確率は高い。また、この状態で最も効果的な治療は「電気ショックにより心臓の細動を取り除く」電気的除細動のみであるから、早期のAEDの適用が重要である。救急車到着まで8分以上かかるので市民によるAED使用が重視されるのはこのためである。東京マラソンでは2018年現在までに11名が心肺停止状態になった。そのうち10名がVF/pulseless VT、1名が心静止であったが全員が社会復帰しており、迅速な対応により救命率100%を達成していることは世界的に称賛されている。

▲写真 東京マラソン(2012年2月26日)出典:kakidai

心臓が心静止、無脈性電気活動の場合は細動状態ではないのでAEDによる除細動の適用外である。この場合は、心臓マッサージによる人の手で循環を維持する他に方法が無い。VF/pulseless VTの状態でAED到着まで時間を要する場合でも、心臓マッサージにより心臓に酸素とエネルギーを供給し続けることが重要である。

以前は、非外傷性心肺停止は「心臓が止まったらすること」、大出血は「心臓が止まる前に止血」と分けて教育されてきたが、今では「心臓を止めるな!」に統一されるようになった。心臓が細動ながらも動いているうちに、救命手当を施すことの重要性や市民自身が救命の役割を担っていることを自覚させるため、AEDの普及と早期適用を促すためである。市民救助者の表現もBy Stander(「その場に居合わせた人」)からImmediate Responder(「最も早く救護の手を差し伸べる人」)に改められた。

 

■ 「簡潔明瞭」に教えるが簡単ではない

心肺蘇生教育をする中でよく目にする勘違いは「人工呼吸は必要が無い」である。心臓が生き物であることを理解していれば、このような勘違いは起きない。循環のみを維持しても血液の中に酸素がなければ、脳自体には酸素を蓄える能力がないので、呼吸停止後4~6分で低酸素による不可逆的な状態に陥る。人工呼吸により酸素を供給し、心臓マッサージにより脳への血液循環を維持することがLife Supportの目的である。

アメリカ心臓協会(AHA)のTVコマーシャルでは、一般市民向けに簡略化して「まず救急へ通報、次に胸の真ん中を強く早く押す」だけを強調しているが、「人工呼吸の訓練を受けており、それを行う意思がある救助者は、全ての成人心停止傷病者に対して胸骨圧迫と人工呼吸を実施する」ことも提案している。人工呼吸の方法がわからない、ためらわれる場合は一秒でも早く心臓マッサージを開始すべきであるということであって目的は何かを常に自覚していなければならない。そのため最近では「心肺脳蘇生」と脳への酸素供給を強調するようになった。

▲図 心臓を止めるな!循環・呼吸・環境 制作:照井資規

救命手当が簡単であるかのように教育することが目立つが、これは大変危険である。誰でも解りやすいように簡潔明瞭に教えることは重要である。しかし、簡単だと思わせてはならない。救助者は重い責任を負うのであって、継続して学び続けなければならないことである。救命教育の研究から半年で60%程度しか憶えていないことが明らかになり、半年に1度は体験的に復習することが望ましいとされる。

100年語り継がれる教訓がある。

“The fate of the wounded rests in the hands of the one who applies the first dressing.”

=「負傷者の運命は最初に包帯を巻く者の手に委ねられる」(Nicholas Senn,MD 南北戦争)。

このことが救命手当教育のあるべき姿勢をよく表している。

ペットボトルを潰す力が心臓マッサージに必要な力に近似するということでペットボトルを用いて心臓マッサージを教えるところがあるが、力加減には目安にして5kg~50kgと10倍もの差がある。筋肉の塊である心臓が痙攣していたら、血液を送り出すまでに相当な力で圧迫しなければならないことは少し考えれば解ることである。痙攣していない心静止状態では少ない力で圧迫できる。体格にも差が出るためペットボトルを押すことでは力加減を学ぶことはできない。

 

■ 救命も「道具8割」

道具を用いた方が効率が良いのは救命も同じである。筆者が南アフリカ、コロンビアなど世界各地で目にするAEDは写真にある“Zoll AED Plus”である。

▲写真 南米コロンビア国際空港のトイレ入り口に設置された救命資材。赤いバッグは止血用資材 ©照井資規

これは全ての心停止の症例において必須の心臓マッサージをサポートする機能を備えているため「フルレスキュー型AED」という他に無い特長を備えている。筆者は救命教育を行う際、心臓マッサージをZoll AED Plusを用いた体験実習を実施しているが、医療従事者ですらほとんどは圧迫力が不足している。圧迫センサーにより正しく誘導されることの効果は極めて大きい。

また、心臓マッサージを中断できるのは10秒以内である。始めたならば継続しなければならないが、傷病者を運ぶことが難しくなる。Zoll Auto Pulseは10倍も異なる胸骨圧迫力を自動的に検知して、脳への血流維持に必要な血圧100mmHgを維持できるように自動的に心臓マッサージを行う。衛生資材もまた日々進化している。

▲図 © 照井資規

▲図 自動蘇生システム Auto Pulse 出典:旭化成ゾールメディカル株式会社 Zoll Auto Pulse 製品パンフレットより

「統合体験型救命手当教育」やAED、自動蘇生システムなどの詳細は、http://tacmeda.com/を参照されたい。様々な公開資料もダウンロードして活用できる。

(了。全4回。) 

 

(※1)ILCOR「イルコア」

International Liaison Committee On Resuscitation ベルギーに本部がある国際蘇生連絡協議会

(※2)CoSTR「コースター」

心肺蘇生にかかわる科学的根拠と治療勧告コンセンサス

International Consensus Conference on Cardiopulmonary Resuscitation and Emergency Cardiovascular Care Science With Treatment Recommendations
日本では「JRC蘇生ガイドライン」として示される

 

本記事における医療監修

高須克弥 医学博士/高須クリニック院長

嘉数 朗/Kakazu Akira M.D.

日本循環器学会 循環器専門医

おもろまちメディカルセンター 循環器内科部長/Omoromachi Medical Center Cardiology manager 

那覇市医師会理事/Naha City Medical Association Director

菅谷 明子/Sugaya Akiko M.D.

日本救急医学会 救急科専門医 社会医療法人かりゆし会 ハートライフ病院 血液浄化部医長/social medical corporation KARIYUSHIKAI Heartlife hospital

金城雄生/Yuki Kinjo M.D.

琉球大学医学部医学科脳神経外科学/Department of Neurosurgery Faculty of Medicine University of the Ryukyus

トップ写真:AEDのトレーニング 出典:David Bruce Jr. flckr


この記事を書いた人
照井資規ジャーナリスト

愛知医科大学非常勤講師、1995年HTB(北海道テレビ放送)にて報道番組制作に携わり、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、函館ハイジャック事件を現場取材の視点から見続ける。


同年陸上自衛隊に入隊、陸曹まで普通科、幹部任官時に衛生科に職種変更。岩手駐屯地勤務時に衛生小隊長として発災直後から災害派遣に従事、救助活動、医療支援の指揮を執る。陸上自衛隊富士学校普通科部と衛生学校にて研究員を務め、現代戦闘と戦傷病医療に精通する。2015年退官後、一般社団法人アジア事態対処医療協議会(TACMEDA:タックメダ)を立ちあげ、医療従事者にはテロ対策・有事医療・集団災害医学について教育、自衛官や警察官には世界最新の戦闘外傷救護・技術を伝えている。一般人向けには心肺停止から致命的大出血までを含めた総合的救命教育を提供し、高齢者の救命教育にも力を入れている。教育活動は国内のみならず世界中に及ぶ。国際標準事態対処医療インストラクター養成指導員。著書に「イラストでまなぶ!戦闘外傷救護」翻訳に「事態対処医療」「救急救命スタッフのためのITLS」など

LINE@  @TACMEDA


 

照井資規

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