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.社会  投稿日:2019/10/25

福島県いわき市の乳がん診療


尾崎章彦

(南相馬市立総合病院地域医療研究センター客員研究員、

ときわ会常磐病院乳腺外科)

【まとめ】

・いわき市の医師数は相対的に低下。

・いわき市の乳がん発症数のうち約20%が市外で治療。

・治療数を増やし、経験が蓄積することで乳がん治療の選択肢を増やしたい。

 

私は卒後10年目の乳腺外科医です。2018年7月より、常勤として、福島県いわき市のときわ会常磐病院において乳腺診療に従事しています。福島県いわき市は福島県沿岸部の南側1232km2を占め、香川県(1,877 km²)の3分の2ほどに相当します。一般には、2006年に映画「フラガール」の舞台となったことで馴染み深いかもしれません。ただ、実は、いわき市が、福島県で最も多くの人口を抱える自治体であることをご存知の方は少ないのではないでしょうか(2019年6月時点で34万人)。これは、東北全体でも宮城県仙台市に次いで第2の数です。

このように、いわき市は人口・面積ともに福島県の自治体で屈指の規模を誇り、医療に関しては、単独で福島県7医療圏(県北、県中、県南、会津、南会津、相双、いわき)の1つを構成しています。ただ、いわき市の医療は歴史的に医師不足に悩まされてきました。例えば、東日本大震災前の2010年、人口10万人あたりの医師数は160であり、全国平均の219人、また、福島県平均の182人と比較して少ない水準でした。その背景には、東京都や福島市、仙台市をはじめとする医科大学や総合大学の医学部を抱える都市圏から距離があったことや新幹線が福島県中通りに建設されたことが影響していると思われます。

そして、東日本大震災と福島第一原発事故後の2016年、人口10万人あたりの医師数は160人と震災前と同等の水準にあります。この数値をどのように判断すれば良いでしょうか。震災前と変化がないことをもって、いわき市の医師不足が震災前と比較して悪化していないと考える向きもあるでしょう。一方で、特筆に値するのは、この期間に日本においては、一貫して医師の増加政策が実施されたことです。その結果、2010年に約29万5000人だった医師数は、2016年には31万9000人まで増加しています。そのような背景のもと、同年、人口10万人あたりの医師数の全国平均は240人、福島県でも196人まで増加しています。これらいわき市外部における医師数をめぐる変化を考慮すると、いわき市の人口当たりの医師数は2016年までの期間に相対的に低下したと言えるでしょう。なお、福島県の7つの医療圏における医師数の変化を見ると、医師数が増加していない医療圏はいわき市のみであり、いわき市が周囲から取り残される形になっていることがより鮮明になります。

▲写真 松ヶ岡公園から見たいわき市中心部 出典:フォト蔵Daa

なぜこのような事態に陥ったのでしょうか。その理由を明らかにする上で、同じ福島県浜通り地方に存在する相双医療圏との比較は何らかのヒントを与えてくれるかもしれません。前述の通り、相双医療圏においては、2011年から2016年にかけて、医師数が増加していました120.4→145.3人)。同地域に福島第一原発が存在することを考えると、意外に思われる方もいると思います。筆者は、相双医療圏において医師数が維持された理由として、震災後に、仙台市からのアクセスが維持されたことが大きいと考えています。一方で、震災後、いわき市においては福島市や郡山市を経由しなくては仙台市に移動することが不可能になったのです。

いわき市で働き出して驚いたのは、この地域に長く住んでいた住民の中に、「いわきで大きな病気(がんや心血管疾患)になったら諦めるしかない。」といったことをおっしゃる方がいたことです。福島で働いて8年になりますが、医療者の数が少ないとされている相双地区で働いていた時でさえ同様の言葉は聞いたことがありませんでした。もちろん、現在のいわき市の医療水準を考えた時にこのような言葉が必ずしも真実とは考えません。ただ、歴史的に医師数が少なかったことや、周囲の都市部への移動も容易ではなかったこともあり、長い時間の中でこのような意識が住民の中に醸成されてきたのかもしれません。

では、いわき市において乳がんになった方々はどのような経験をしてこられたのでしょうか。この点について考える時に個人的に思い出されるのが、私が赴任する以前に、「いわき市内で乳がんの診断を受けた後に市外で治療を受けている方々が大勢いる」という話を耳にしたことです。いわき市の乳腺診療について検討するために、今回、この風評についてまず検証してみたいと思います。まず、いわき市において年間にどの程度の方々が乳がんになるかを推測します。国立がん研究センターによると、2014年に乳がんと診断された女性は日本全体で78,529人いたと報告されています。これは現在手に入る中で最新のデータです。年齢構成の違いなどを考慮せずに単純化して、同じ発症率でもっていわき市の女性が乳がんを発症したとすると、2017年(人口34.6万人)には220人ほどが乳がんと診断された計算になります。手術の対象となることが少ないステージ4は約4%と報告されていますので、1 ステージ3以下で発見される乳がん患者はおよそ210人ほどになりそうです。

▲写真 いわき市医療センター 出典:いわき市医療センターFACEBOOK

次に、現在、いわき市において乳がんの手術や抗がん剤治療などを実施している有床医療機関について考えます。筆者が理解する限り、現在このような施設は主に4つ存在します。(旧いわき市立総合磐城共立病院)(許可病床数 700床)、福島労災病院(許可病床数406床)、ときわ会常磐病院(許可病床数240床)、呉羽総合病院(許可病床数199床)です。2017年ではありますが、いわき市医療センター、福島労災病院の年間の乳がん治療数は、それぞれのホームページにおいて、62例(手術症例のみ)、50例(手術症例以外も含む)と報告されていました。なお、同年のときわ会常磐病院の乳がん手術症例数は26例でした。呉羽総合病院の手術症例数は公開されていませんでしたが、ときわ会常磐病院と病床規模が同程度であり、およそ同数の乳がん患者の治療が実施されていたと仮定すると、ときわ会常磐病院と呉羽総合病院において、50〜60例の乳がん手術が実施されていた推計になります。以上を合わせると、2017年に4つの医療機関で手術を受けた乳がん患者数は160170例ほどになりそうです。かなり粗い計算にはなりますが、いわき市の乳がんの年間の発症数によって4050例ほど(約20%)が市外で治療を受けているという計算になりました。どの地域においても地域外で治療を受けることを希望される方は一定数いらっしゃいますので、この割合が大きいか少ないかを議論することは簡単ではありません。ただ、私が以前相双地区において最大の自治体である南相馬市の医療機関のデータを分析した際には、地域外の医療機関で治療を受けた乳がん患者の割合はおよそ10%ほどでした。2 そのため、いわき市は南相馬市よりは高い水準であったとは言えるのかもしれません。

私には個別の患者さんがどのような経緯や理由をもって、市外で治療を受けるようになったかはわかりません。ある人は東京のがん専門病院や大学病院、その他の大病院で治療を受けることに価値を見出したのかもしれませんし、別の人は遠くに住む子どもが自分たちの近くで治療を受けることを勧めたのかもしれません。また、医師も患者も人間ですから、単純に主治医との相性の問題だったということもあります。少なくとも、私がいわき市に赴任してからも市外の医療機関での治療を希望される方々はいらっしゃいますので、乳がんの治療に関しての物理的なアクセスのみが理由というわけではないと考えています。

▲写真 呉羽総合病院 出典:Wikimedia Commons; Altomarina

ただ、乳がんは、当然例外はありますが、心血管疾患や他の消化器がんと比較すると、比較的進行が緩やかな疾患であることが知られています。そのため、日から週の単位で治療が遅れたからと言って治療成績が悪化するということは一般的ではありません。実際、医学誌ランセットに1999年に発表された研究によると、症状の自覚から3ヶ月の治療の遅れが予後悪化の1つの目安として用いられています。ですから、いわき市外の医療機関を受診し治療を受けたからと言って、スムーズに治療が実施されれば、その後の生存に大きな影響を及ぼすことはあまりないだろうと思われます。ですから、筆者は、市外で治療を受けるという選択は決して悪いことではないと考えます。一般的に、紹介先としては、福島県内であれば郡山市にある星総合病院や福島市にある福島県立医科大学病院、福島県外であれば都内のがん専門病院を選択される方々が多くいらっしゃる印象です。

もちろん、乳がん診療は現在かなりの部分で標準化されており、いわき市で提供されている診療が都市部と比較して劣っているとは思いません。とはいえ、いわき市には乳がんの専門医の資格を持った常勤医は現在1人(いわき市医療センター)のみであり、ほぼ同じ人口規模の郡山市や福島市と比較すると、とても少ない水準です。このようないわき市の現状を考えた際、乳腺外科医として勤務することは、乳がん患者さんの治療選択肢増加につながる重要な取り組みと考えています。

名誉院長の江尻友三医師を引き継ぎながら診療体制をさらに充実させ、現在、当院においては、放射線治療や乳房再建を除いては、原則として標準的な検査や治療を提供する体制が整えられています。幸い、少しずつではありますが当院の乳がんの治療数は増加しています。2017年の乳がん手術数は26件でしたが、2018年には56件、2019年は1月から9月までの手術数は50であり、2018年よりもう幾ばくか増加しそうです。もちろん手術数や患者さんの数が単純に増えることが最終目的ではありません。しかし、患者さんの治療数が増えることで、経験が蓄積され、診療の質の向上や標準化に繋がることも事実です。今後も、地域に暮らす患者さんに乳がん治療の選択肢を増やすことを目標に診療を続けていきたいと思っています。このような理念に賛同して私と一緒に、ときわ会常磐病院の乳腺診療に従事していただける方がいれば、ぜひお声がけくださいますと幸いです。

参考文献

  1. Higashi et al. The National Database of Hospital-based Cancer Registries: A Nationwide Infrastructure to Support Evidence-based Cancer Care and Cancer Control Policy in Japan. Japanese Journal of Clinical Oncology.
  2. Ozaki et al. Breast cancer provider interval length in Fukushima, Japan, following the 2011 triple disaster: a long-term retrospective study. Clinical Breast Cancer.

トップ画像:乳がん・ピンクリボンイメージ 出典:Pixabay; Gordon Johnson


この記事を書いた人
尾崎章彦南相馬市立総合病院地域医療研究センター客員研究員 / ときわ会常磐病院乳腺外科

2010年東京大学医学部医学科卒。千葉県旭市での初期研修中に東日本大震災に被災。2012年から福島に異動。特に2014年からは福島県浜通り地方で震災後の健康影響についても調査を行なっている。2016年末から2017年始めにかけては、高野病院を支援する会事務局長として院長亡き後の高野病院の支援も実施した。2018年7月からは福島県いわき市のときわ会常磐病院において乳腺外科を立ち上げ、乳がん患者に特化した診療を実施。震災後の健康調査についても引き続き継続している。


 

尾崎章彦

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