[為末大]<自分の中にも潜む「自殺」への誘惑>自分が生きているのは、もしかしたらただの偶然ではないのか
為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)
昔、アメリカ人のコラムだったか、日本で自殺が多いのは「死によって許されようとする文化から来ている」という記事があった。確かに古くは切腹等、潔く死ぬ事を美徳とするような所があって、死者にむち打つのは抵抗があるような所もある。
「自殺によって誰々の死を無駄にしないように」という方向に社会が向かう度に、死んでしまえば世の中が死を無駄にしないように動いてくれるというメッセージを伝えてしまう。死に意味を与えれば与えるほど、自殺にも意味が生まれてしまうパラドックス。
追い込まれた「人間の最後の反撃が自殺」になっている事もある。例えみんなで責めていても、もし対象の人間が自殺したら、今度は誰がやり過ぎたんだという方向に風向きが変わる。悲しいかな自殺によってある種の復讐を果たせる事もある。
自殺をした時にだけ、自分がいた事が世の中に認められる。悲しいかな現実はそうなっている。「ほとんどの自殺は孤独死です」と多くの自殺志願者と話をした方が言っていた。日本より貧しい国はある。ただ貧しさと孤立が合わさると逃げ場が無い。
失敗はどの程度許されるのだろうか。法的には罪を償えるけれど、世間に狙われたら許されるには死ぬしか無いのだろうか。福島原発が問題になった直後、居酒屋で、死をもって償えという看板を持った人と隣り合わせた。その人は生き生きとビールを飲んでいた。
時々ふと、自分が生きているのはただの偶然なんじゃないかと思う。私の中にも自殺への誘惑は潜んでいて、たまたまそういう機会には出くわさずに生きてきただけ。
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