[大平雅美]<2014FIFAワールドカップ>ユニフォームとテーマカラーも勝敗に関係?サムライジャパンの変遷
大平雅美(アナウンサー/大正大学客員准教授)
世界中が注目するワールドカップ。5大会連続出場の日本代表だが最終戦を控えた今、一次リーグ敗退の危機に直面している。日本がコロンビアに続き2位になるためには、まず最終戦のコロンビアに勝利することが絶対条件。「できれば2点差で勝ちたい」(日本サッカー協会原博実専務理事)が切実な願いだろう。
しかし今回の日本代表チームどこか歯車がかみ合っておらず選手ひとりひとりの魂がバラバラの印象を受ける。最終戦に希望を繋ぐとして、私はこのワールドカップをユニフォームコンセプト、
- 1998年 炎(不動明王)
- 2002年 富士山
- 2006年 刀文(日本刀)
- 2010年 革命の羽(八咫烏)
- 2014年 円陣
とサムライジャパンのテーマカラーから見てみようと思う。
ワールドカップ初出場以来ブルーのユニフォームに身を包みピッチへ飛び出す日本チーム、それを受け2006年ドイツW杯大会前にキャッチフレーズに決まった「SAMURAI BLUE」。 日本の美しい海や空の色ジャパンブルーがテーマカラーだ。
毎回ユニフォームのベースの色を青としてモデルチェンジする。そして今回のブラジルW杯、日本代表ユニフォームのコンセプトは「円陣」である。前回モデルより鮮やかな明るい青みが強調されている。デザインは選手がピッチで円陣を組んだ時に背面がひとつの大きな輪となる。さらに左胸のエンブレムを中心に11本の広がるラインを採用して試合開始からピッチへ広がる選手を表現し、袖口にはこれまでの赤よりも鮮やかなネオンカラーが採用されている。
ではそもそも日本人に最も馴染み深い色の青からジャパンブルーを考えてみると、藍色に代表される濃い色目をイメージするのではないかと思う。
日本の歴史を遡ってみると、平安時代に貴族の勢力が衰えてくると、代わりに刀や弓矢などの武器を持つ武士階級が東国に台頭してくる。それに伴って明るい青よりも濃い色目の紺色が多く見られるようになる。 青というよりも黒に近い色である。
当時この色は庶民にとっては藍甕(あいがめ:注1)で何十回も染めねばならなかったため、一般的には「庶民の服色―明るい青、武士の服色―紺」であったと言える。
さらに紺色とよく似た「褐色(かちいろ)」と名付けられた濃い藍色は、「かち」を「勝」の字にあてて、戦いに勝つ色「勝色」とするなど武者の勢力を強める際に好まれた色である。また対比色として武具の顎房や胸房には鮮やかな「赤」が好まれ、青と赤の配色が武士の着衣に大いに用いられたのである。
こうした点を持って今回の「円陣」モデルのサムライジャパンを見ると、これまでの武士魂や戦闘ムードとは違うコンセプトであることが読み取れる。
1998年の初出場時は明王のリーダー格である不動明王、次は世界に誇る美しい富士山、日本の伝統と技術の象徴である刀、太陽の化身であり神の使いの鳥とも言われる八咫烏(やたがらす)と強烈なコンセプトが続いた。
前4大会は神話の国あるいはサムライの国ニッポンの誇りを背負って戦っていたとも言える。そして今大会、なるほどコンセプトの「円陣」は、日本人の融和性や親和性を表現する素晴らしいメッセージである。しかし勝負は勝ってこそ誇れるものであり次に繋がるものではないか。
今紹介した歴代のユニフォームと試合の勝敗には何の関係もないのはわかっている。 しかしそれを承知で、もし今の日本チームに欠けているものを挙げるとしたら、中世の武者の「褐(かち)」の精神ではないか。
今こそ、その明るい青のユニフォームを「褐色(勝ち色)」に、背面と袖の流行のネオンカラーを「赤地錦の直垂」に(大将級の武士たちが鎧の下に着用した)!本来の日本の良さを取り戻して最終戦を戦い抜いて欲しい。
私たちは遠く日本の空から「SAMURAI BLUE」の精神を持った誇り高き選手たちを応援する。
(注1)藍甕:あいがめ 染料の藍汁をためておくかめ。
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