[神津多可思]安倍政権「新成長戦略」が示す「働き手が減る中で、成長率を引き上げる」ためのいくつかの対応策
神津多可思(リコー経済社会研究所 主席研究員)
人口動態はマクロ経済指標の1つと言えるが、将来予想が相当確実であるという点では、数ある統計の中でも非常に珍しい指標だ。
2034年に20歳になる人の数は、今年生まれた人の数を前提に予想すればいい。もちろん医療技術の進歩や衣食住環境の変化といった不確実性はあるが、20年後の世界経済を予想することに比べれば、不確実性はかなり小さい。
それなのに、やはり人間は問題が眼前に迫らないとなかなか取り組めないようだ。今日の人口減、とくに働き手の減少は、もう何十年も前から分かっていた。働き手が減れば、その分、経済全体のかさが大きくなりにくい(即ち成長率が下押しされる)のは当然のことだ。
人口が減少に転じれば、人口増を前提とした制度も成り立たなくなる。何十年も前から分かっていたのだから、それに備えて社会的コストを最小にするよう制度改革を進めておくべきだった。
まさに後悔先に立たず。この間、私達は民主主義的に決定してきたのだから、そのほろ苦さはみなで共有しなくてはならない。その経験は、これからの日本社会の運営に活かすよう最大限努力するとして、とりあえず、それでは今どうするかということが問題だ。
安倍政権は「新成長戦略」を取りまとめたが、そこには働き手が減る中で、成長率を引き上げるためのいくつかの対応策が示されている。大きな構図は、「少しでも労働力減少のスピードを遅らせ、同時に生産性を引き上げ、それによってできるだけ経済全体としての成長率を引き上げ、その中で社会保障制度改革のコストを引き下げる」というものになっている。
その方向性は、ここから取り組むこととしては正しいものだ。昨年の成長戦略発表時には株式の失望売りも出たが、今年の金融市場の評価は概ねニュートラルであったのもうなずける。しかし、成長率の底上げには一定の時間がかかるが、歳入・歳出両面にわたる社会保障制度改革のために残された時間は短い。
生産性計測の方法はいくつかあるが、どのやり方でも、景気が拡大している時には生産性の伸びも高い。つまり生産性の伸びは景気循環に沿って振れることが分かっている。財政支出で成長率が底上げされていても、結果として推計される生産性の伸びは高くなる。
地力として生産性が向上したかどうかは、そうした要因を取り除いてみないといけない。農業改革や企業の新しいビジネスへの挑戦の結果、日本経済の地力の生産性がどの程度向上するかは現時点ではよく分からないし、かつそれがはっきり出てくるとしても少し先になる。
一方、社会保障制度は、人口動態の変化に伴う問題が顕現化してから対応を始めているので、若年層・高齢層の両方の負担を勘案して社会的コストを最小化するよう改革を進めるにしても、時間は余り残されていない。私たちの先見の明が乏しかったが故に、「成長なくして改革なし」の戦略は難しくなってきているのである。
結局、これからの日本経済では、女性・高齢者の労働参加を引き上げても高齢化に伴う働き手の減少は避けらず、成長率に低下圧力が加わるので、対抗策として生産性向上に向けた戦略を継続的に打ち出して行かなくてはならない。
それらの効果が顕れるまでには時間がかかるが、高齢化のスピードはさらに加速するので、それを待っていられず、低目の経済成長率の下でも社会保障制度改革を先行して進めざるを得ない。私達はそうした状況に直面しつつある。日本の政治は、その動きをリードして行くことができるだろうか。
日本の民主主義は、そういう政治のリーダシップをサポートできるだろうか。そこがいま問われている。
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