[清谷信一] <1回の万引きの補填に6倍の売上げが必要>上場企業に犯人画像公開まで検討させる深刻な万引き事情
清谷信一(軍事ジャーナリスト)
25万円のブリキの玩具を万引きされた古書店「まんだらけ」(東京都中野区)が、「期間内に盗品を返さなければ犯人の顔写真を公開する」と警告していた問題は、同社は13日、ホームページでの警察からの要請で顔写真の公開を取りやめたことで収束をみせつつある。しかし、今回のような問題が起きる背景には、「万引き」の無視できない深刻な状況がある。
今回の問題で焦点を当てるべきは、小売店が万引きによって多くの被害を受けており、それが放置できないレベルだということだ。しかし警察も法曹界も万引きの被害が出るままに放置しているように見える。
警察庁は全国の万引き認知件数は2004年の15万8020件をピークに減少傾向に入り、13年は約12万6000件で、被害額は約27億円に達している。だが「全国万引犯罪防止機構」が全国550社から回答を得た実態調査では、推計被害額は13年度だけで837億円である。(http://mainichi.jp/select/news/20140813k0000m040045000c.html)
万引きの検挙率は7割に達するという話もあるが、これは極めて疑わしい。多くの小売店は万引きをいちいち警察に報告しない。報告しても捜査がされることは殆どない。時間を使って報告するだけ無駄と諦めているからだ。
特に書店のように利益率が低い業界は大変だ。書店の利益は一冊あたり2割程度である。1冊盗まれたら、元を取るのに5冊売る必要があり、利益を出すためにはもう1冊、つまり6冊、6倍も売る必要がある。万引き1回に対して6倍の売上、努力が必要なのだ。
テレビに出演している弁護士はこのような現状を認識しているのか。仮に自分の弁護料がいつの間にか盗まれ、それを補填するために6倍も仕事をしなければならない立場に自分がなったとしても、さらっと、容疑者の顔を晒すのは名誉毀損だ、脅迫だ、違法は違法ですと涼しい顔をしていていられるだろうか。
実際に小売店では万引きが原因で廃業に追い込まれるケースもある。近年、ネットの発達によって万引きした商品の売買が極めて容易になっていることも問題だ。昔ならば古物商に直に持ち込む必要があったが、現在はネット上で古物商のみならず、より警戒心が薄い個人に販売することが可能であり、換金し易くなっている。つまりカネ目当ての万引きがかなり増えている可能性が高い。
現行法では万引きは現行犯でなければほぼ検挙できない。また検挙されても罰則が極めて弱い。店舗側が懲罰的な罰金を犯人に課すのは違法であると主張する弁護士もいる。「バレたらカネを払えばいい」と居直る犯人が増えるわけである。
弁護士は犯罪者の人権保護には熱心だが、被害を受けた店舗側の人権には極めて鈍感である。実際まんだらけ関係者によると、抗議も来たが、励ましの連絡も多かったらしい。特に小売店からはよくぞやってくれたという激励が極めて多かったという。
上場企業である「まんだらけ」がこのような行動に出るにはリスクも高く、それでも恐らくは顧問弁護士と相談した上で、敢えて法的なリスクを犯しても、世にこの問題を問いたかったのだろう。それだけ小売店にとって万引きは大きな問題なのだ。
無論悪法でも法は法であり、これらの弁護士の主張は妥当であるとは思う。だが悪法であればそれを正していく、少なくとも現在の法の問題点や欠陥を指摘するのが、法曹関係者の役目ではないか。弁護士団体は、万引き問題のような身近で深刻な問題よりも、集団安全保障とかイデオロギー色の強い問題ばかりに熱心なように思えるが、違うだろうか。
繰り返すが万引きの問題は深刻である。
今回のまんだらけの行動は多くの人達に、万引きに対して考える機会を与えたのではないだろうか。そもそも「万引き」という呼び名が、脱法ドラッグ同様、軽いイメージを与えているのではないか。例えば「店頭窃盗」とか、より犯罪であることを惹起できる呼び名に変えることも必要ではないか。また現在罰金などのペナルティが極めて軽い。これをもっと重くするなど、抑止の方法を改善すべきだろう。
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