[神津多可思]<下方修正を続ける2014年の世界経済>リーマンショック前の成長率にはもう戻れない「構造的停滞論」
神津多可思(リコー経済社会研究所 主席研究員)
もう2014年も3分の2が終わる。世界経済を見渡すと、どこも年初に思っていたほど成長率が高くなりそうにない。
理由のひとつには、いわゆる「地政学的リスク」がある。中東、ウクライナなどが不安定化し、武力衝突が生じている。グローバル化が進み、経済面での結び付きが急速に深まってきただけに、政治的、軍事的な理由でヒト・モノ・カネの動きが阻害されると、成長率へのマイナスが以前より大きい。
しかし、2014年の世界経済見通しが下方修正を続けてきた理由は、それだけではない。先進国については、リーマンショック前の成長率にはもう戻れないのだとする「構造的停滞論」が昨年くらいから言われるようになっている。その根拠は、論者によって少しずつ違うが、先進国で進む高齢化や、新しい需要もたらすイノベーションの欠如などだ。
新興国はどうだろう。世界的な金融危機の中で厳しい調整を余儀なくされた先進国を傍目に、新時代の到来という雰囲気も一時横溢した。しかし今では、それが続くわけではないことが分かってきた。確かに、二桁の実質成長が二十年も三十年も続くというのはなかなかあり得ない。成長率がシフトダウンすると、必ず何らかの不良債権が発生し、その処理コストを経済全体で負担しなくてはならなくなる。新興国経済は、今ちょうどそういう局面にあるように見える。
先進国は、できるだけ早く成長率を高めるために、金融緩和に頼ろうとしている。財政の発動余地がどの国でも限られているため、どうしても金融政策に頼ることになる。米国、英国は先進国の中でも一番経済がしっかりしているが、それでも事実上のゼロ政策金利からの離脱までには十分時間を採ろうとしている。最悪期は脱したものの低空飛行が続いているユーロ圏では、場合によってはもう一段の金融緩和をするかというムードだ。日本でも異次元緩和が続いていて、当面その政策は変わりそうにない。
こうした背景から、これらの国の長期金利はこのところじりじり低下している。ドイツでは1%を切り、過去最低水準を記録した。長期金利にはマクロ経済の収益性を示す側面もある。いつまでも長期金利が低いということは、その経済の収益性がなかなか高まらないことも意味している。それは「構造的停滞論」とも符合する。
金融緩和で本当にリーマンショック前の経済成長に戻ることはできるだろうか。主要国の政策当局は、
- 他に手立てがなく、
- 効果は大きくはないかもしれないがゼロではなく、
- 副作用も大きくないと考えられるので、
その作戦で行こうと現状は判断しているようだ。
このうち3. については懐疑派もいる。高齢化やイノベーションの停滞、新興国の経済拡大の一段落から、中期的な経済成長の実力が低下しているのであれば、金融緩和によってそれより高い成長を目指すのは見果てぬ夢を追うようなものだ。一方、大胆な金融緩和の影響は、金融機関のバランスシート拡大というかたちで累積的に残る。したがって、今は目にみえる副作用はなくとも、いつかは何らかの悪さをする可能性が高い。できもしないことのために将来の禍根の種をまくのは賢い選択ではない。懐疑派の論理は、簡単に言えばこういうことだろう。
どちらが正しいか、それは時が経ってみなければわからない。したがって、今、両者の議論を聞いていても、結局は信念の話になり、客観的な知見が得られることはあまりない。金融政策決定に投票権を持つ者の間でも意見に違いがある。そのため、中央銀行の今後のアクションを巡る金融市場の思惑も、当事者の発言や経済指標の発表を契機に、楽観あるいは悲観に振れる。ここしばらくは、この右往左往が続かざるをえないのだろう。
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