<ゼロ金利下で金融政策の効果とは?>
神津多可思(リコー経済社会研究所 主席研究員)
マクロ経済モデルとは、一国経済の動きを何本かの連立方程式によって表現しようとするものだ。したがって、そのモデルを作る人の問題意識に応じてさまざまなものがある。
金融政策を例にとる。一般に中央銀行が何かアクションをとれば、それが経済全体に何らかの影響を与えると考えられるため、それを表現する道筋をモデルに組み込まないといけない。
教科書にある標準的なマクロ経済モデルでは、金利の変動を通じて家計の消費や企業の投資が変わるという道筋だ。
金利と一口に言っても、現実的にはいろいろある。銀行間のごく短い資金のやり取りをする市場(インターバンク市場)で形成される金利。3年・5年といった期間で企業が社債発行によって資金を調達する金利。10年・20年といった長い期間で政府が国債発行によって資金を調達する金利などなど。これら全部をモデルに入れようとすると、変数の数がどんどん増えて、連立方程式を解くのが大変になるので、通常は1つ代表を取り上げて、残りはそれと連動して動くという便法を使う。
その代表としてよく採用される金利は、中央銀行の政策金利だ。通常、非常に短期のもので、日本で言えば銀行間の無担保による1日だけの貸し借りに適用される金利(無担保コールレート翌日物)がそれに当たる。よくゼロ金利と言うが、それはこの政策金利が事実上ゼロになっているという意味だ。
ゼロ金利になると政策金利は下に動かないので、それをマクロ経済モデルに組み込んでも短期的な経済変動を説明することはできない。それでも、マクロ経済学的には、インフレやデフレの影響を除去した金利、すなわち実質金利が動くことで経済が変動するというのが基本的な考え方は変わらない。
マクロ経済モデルでは、経済は何らかの均衡状態に向かって動いていると考える。経済が説明のつかない動き方をするというのでは、その状態を表現のしようがない。その均衡状態とは、消費者の立場からは、「これから将来にわたり、こういう所得が入ると予想されるので、それに基づいてこういう計画でお金を使うことを決める」と表現される。他方、企業の立場からは、「これからこういう利益があがると予想されるので、こういう計画で設備投資を行なうことを決める」となる。
ここで実質金利が一時的に上昇したとする。消費者としては、今お金を使ってしまうより、高い金利で運用した方が得だと考えるので、消費を抑え貯蓄を増やす。また企業も、今お金を借りて設備投資をすると高くつくので、設備投資を抑制する。かくして、実質金利の上昇はマクロ経済活動に対し抑制的に働く。それが低下する場合は逆となる。
実質金利がマクロ経済に影響を与えるルートは、理論的にはこれが基本だ。もちろん、消費者や企業の「期待」を飴細工のように動かせるとすれば別のルートも考えられるが、通常は判断能力のある消費者や企業を念頭に置くので、その「期待」を呪文で変えるようなことは想定しない。
このようにマクロ経済モデルにおいて、金融政策の変更で何か効果が現れるとすれば、それは実質金利の変動によってもたらされると考えることが多い。
では中央銀行が、ゼロ金利下でさらに量的緩和を行った場合、それはどう効くのか。モデルに政策金利しか入っていないと、それはうまく表現できない。
つまりここから先はまだ現実をきれいに説明できるような定説は確定していないのである。しかし、現実にはさまざまな金利があって、政策金利がゼロになっても、なおプラスで変動を続けるものもある。そして、実際の消費や投資は、それらいろいろな金利に影響されている。
量的緩和の効果は、そうしたたくさんの金利への影響を通じて現れると考えると、現代のマクロ経済学の基本と整合的なのではないかと思う。
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