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.経済  投稿日:2014/10/30

[神津多可思]【デフレ脱却日銀の思う通りにならぬ訳】~ゼロ金利下の金融政策の限界~


神津多可思(リコー経済社会研究所 主席研究員)「神津多可思の金融経済を読む」

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「インフレはいついかなる場合も貨幣的な現象だ」

この有名な言葉は、マネタリストの総帥、シカゴ大学教授だったミルトン・フリードマンのものだ。ここで言う「貨幣」とは「マネー」を翻訳した言葉である。

「貨幣」というとコインを思い浮かべる人もいるかもしれないが、当然、紙幣も含まれる。しかし、現代の「マネー」に占めるコインと紙幣の割合は決して大きくない。「マネーとは決済を行うための道具だ」と考えると、今や決済の多くは実は銀行預金を通じて行われているからだ。

日本では日銀が「マネーストック」統計を毎月発表している。その統計にはいろいろなマネーの定義があるが、良く使われるものに「M2」がある。これは簡単に言えば、コインと紙幣(流通している現金通貨)に、主として銀行(ただし、ゆうちょ銀行はかつて郵便貯金であったという経緯から統計の対象になっていない)、信用金庫等に預けられた預金を加えた合計だ。今年9月の月中平均残高は約877兆円。その内、コインと紙幣の合計である現金通貨は約82兆円で、全体の1割に満たない。逆に言えば、今や「マネー」の9割は預金ということである。

この預金は、実は銀行によって創り出される。どういうことか。私達が銀行へ行って、お金を借りようとすると、まずその銀行に預金口座を開設し、そして審査を通るとその預金口座に借りたお金が振り込まれる。その時、銀行のバランスシート(貸借対照表)は、負債サイドにその預金が、資産サイドに同額の貸出がそれぞれ計上され、瞬時に貸借の両方が増える。これが預金の創造だ。

銀行というのはこのように自分でバランスシートを拡張できるという特殊性を持った法人であり、かつ創造された預金は決済に使われる「マネー」なので、他の事業法人とは区別され、さまざまな規制も厳しいものとなっている。

それでは、銀行はどんどんバランスシートを拡張して自由に「マネー」を増やすことができるのかというと、そうはいかない。まず、貸出先があるかどうかが問題だ。高度成長期のように、貸す先はいくらでもあるという場合でも、準備預金制度というのがあって制約がかかっていた。銀行は、日銀に当座預金を開設しているが、そこに自分の預金の一定割合を無利子で準備預金として積まなくてはいけないことになっている。

そこで、銀行が資金を調達する際の金利が高くなると、無利子で積む準備預金のコストが相対的に大きくなるので、貸出金利も高くしないと、いくらバランスシートを拡大しても利益が出なくなる。その仕組みを使って、銀行のバランスシート拡大を制御するのが伝統的な金融政策だ。

しかし今はゼロ金利の時代なので、銀行の限界的な資金調達コストはほぼゼロだ。かつ、量的緩和の下で、銀行部門全体の預金に対して制度上必要な準備預金額を上回る当座預金を銀行は日銀に預けている。ちなみに、この9月期の準備預金残高は約147兆円であったが、制度上必要な額は8兆3千億円でしかなかった。銀行は実に必要額の18倍近い準備預金を積んでいることになる。これは、もし銀行が貸せると判断する先がいくらでもあるなら、現在の何倍もの貸出ができることを意味している。

それでもそうならないのは、そんなに銀行が貸せると判断できる先がないからだ。実は、別途「自己資本比率規制」という制約もあって、銀行は貸出等に伴って将来発生するかもしれない損失額を自己資本との対比で一定以下に抑えなくてはいけない。銀行が無暗にバランスシートを拡大して経営が不安定になったのでは、決済に使われる「マネー」の信用が保てない。そのためにこうした規制がある。

このように金融政策は、引き締めの時は金利を上げていけばその効果をどんどん強めることができるが、緩和の時はゼロ金利になってしまうと中央銀行のアクションだけではなかなか十分な効果が出ないという側面を持っている。このことを指して、しばしば「紐を使って倒れたビンを引き起こすことはできても、紐でビンを倒すことはできない」という比喩が使われる。今日的に解釈すれば、金融政策は、インフレは効果的に制御し得るが、デフレからの脱却は必ずしも全て中央銀行の思う通りになるわけではないといった意味になろうか。

 

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