トランプ現象と欧州民族主義は同根
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー(2016年3月7日-13日)」
先週は珍しく一週間、日本にいなかった。八日間で成田・ブラッセル、ブラッセル・ワシントン、ワシントン・成田を飛んだ。体力的には結構辛かったが、得たものは少なくなかった。最大の収穫は欧米の政治現象、即ち米国のトランプ現象と欧州の醜い民族主義の再台頭が、本質的に同じだと分かったことである。
トランプはアメリカ社会の「ダークサイド」を代弁する政治家だ。トランプ現象とは、これらの現状とワシントンに怒りと不信を深めつつある米国社会の「影」の部分で溜まっていた「マグマ」が噴出し始めた結果だ。されば、その負の効果は共和党だけでなく、ヒラリーの民主党にも必ずや及ぶだろう。
それにしても今のベルギーにはのんびりとした昔の面影はない。ブラッセル市内は至る所で、ライフル銃で武装した治安部隊兵士が二人一組の警戒・監視を続けていた。未だテロの危険は去っていない。ブラッセルからワシントンまで米国ユナイテッド航空を利用するのは冒険だ。案の定、空港での身体検査は予想以上に厳しかった。
○アメリカ両大陸
今回ワシントンで再会した旧友たちは明らかに狼狽していた。トランプ躍進が慣れ親しんできた彼らの「常識」を破壊する潜在的脅威だからだ。だが、彼らワシントン人は米国を代表していない。ワシントンは本当のアメリカではないからだ。本当のアメリカはワシントン郊外を走るベルトウエイ(環状高速道路)の外から始まるのである。
○欧州・ロシア
7日に難民に関するEU・トルコの首脳会議があり、8日には犬猿関係にあるはずのトルコとギリシャが首脳会議を開く。深刻化する難民状況に鑑みれば、背に腹は代えられないということか。どの程度具体的な政策が出てくるか、お手並み拝見だ。
更に、12日には、EU諸国間の移動の自由を認めたシェンゲン協定について、ギリシャがEUからの要請に基づき行動計画を提出するという。それにしても、コンセンサスなしには動けないEUの決定はいつも時間がかかる。何とかならないのか。
〇東アジア・大洋州
5日から始まった中国の全人代だが、中国の国務院総理は今年の成長率目標を6.5-7%、インフレ率目標を3%前後、マネーサプライの伸びを13%前後とし、対GDP財政赤字比率を前年の2.3%から3%に拡大しつつ、いわゆる「キョンシー(ゾンビ)企業」の再編を進めるという。彼らは一体何を考えているのだろう。
こうした数字を羅列すれば実体経済が動くとでも考えているのだろうか。そもそも、今の中国共産党の政治指導者の中で経済が分かっている人は一体何人いるのだろう。昨年来の上海株式市場の体たらくを見ていると、中国政府当局の「市場との対話能力」には大きな疑問符を付けざるを得ない。これもお手並み拝見である。
〇中東・アフリカ
国連は9日にもシリア停戦関係の国際会議が再開したいようだが、どうなるか。27日から始まった停戦には「目に見える前進があった」とする声がある一方で、関係当事者は相手の「停戦違反」を非難し合っており、思うように事態は改善していないともいわれる。この「停戦」、アサド政権にとっては吉と出るのか。どうもすんなりと動くようには思えない。このままではシリア分裂は必至だと思うのだが・・・。
〇インド亜大陸
11-13日にインドでIMFが会合を開く以外、大きな動きはない。今週はこのくらいにしておこう。
いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。