「貪る人生」を送りたいか?
為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)
広島は永ちゃんの町だ。子供の頃から僕はとにかく有名になりたかった。幸いにして人よりもずいぶん足が速かったものだから、これを徹底的に磨いて世の中に出てやろうと頑張った。23歳でメダルを獲得し、25歳でプロになり、それなりに街を歩いていると声をかけられるようになった。永ちゃんには程遠いけれど広島の時からすると信じられないような知名度だと思う。
人から注目されたり尊敬されるのはとても気持ちがいい。一旦有名になったら、もっとそれが欲しくなって、知名度をさらに高める為に、または維持する為にいろんなことを仕掛けていく。意思決定もそれで知名度は上がるのかという観点ですることが多くなる。外から見てこれはカッコよく見えるのかという考え方が増えていく。社内でいいアイデアが浮かぶとこれでまた世の中に為末ブランドが浸透するねと喜ぶ。
ところがうちの会社としてはそれでよかったはずなのに、ここ数年帰り道で一人で歩いている時に考え込んでしまうことが増えてきた。
“それで知名度を上げるために頑張り続けたとして、どこまで行けば満足できるんだろうか”
何のために有名になるのか。そんなことを考えもしないで、必死で登ってきたわけで、もちろんそうでないと登れない時もあったのだけれど、どこまで登りたいなんてことは考えたことがなかった。
あまりいい人ぶるわけではないけれど(いい人の転落が一番面白いのでリスクヘッジしないと)、自分が持っているものをできれば人の幸せに関することに使いたいなと考えるようになってきた。人を幸せにしたいというよりも、どうもそうでもしないと自分が幸せになれないんじゃないかという気がしてきたからだ。
何のために有名になるのか。永平寺で、精進料理を食べた時に、なんでこんな食べ方をするのですかと尋ねたら和尚さんが、“貪らないようにです”とおっしゃった。貪りには底がなく、満足がなく、自分でもどう止めていいかわからないところがある。空っぽになった井戸の底をひたすらに漁るような生き方もある。
死ぬまでに使えるものは使っておきたいなと思う。できれば有効に。
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この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役
1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。