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.政治  投稿日:2016/5/10

陸自装備の兵器調達センスは80年遅れ その1


清谷信一(軍事ジャーナリスト)

自衛隊の各幕僚監部は他国の軍隊の参謀本部に相当し、部門ごとに情報や作戦、兵站、装備調達などを担当している。装備部は兵器や使用する装備の類を開発や調達などを担当する。だが、陸幕装備部に見識は存在しない。何世代も前の旧式な短機関銃をわざわざ新たに開発し、他国の10倍の価格で調達して最精鋭部隊に持たせている。控えめに申し上げて担当部署としての当事者能力と意識を欠いている。

陸上自衛隊唯一の空挺部隊である第一空挺団は「精強無比」のモットーを自称する陸自のエリート部隊だ。落下傘降下は厳しいトレーニングが必要である。また落下傘降下は敵地の真ん中に降下する場合も多く、体力は勿論、強い精神力が必要とされる。エリート部隊と呼ばれる所以である。

だが陸自はこのエリート部隊にわざわざ時代遅れの兵器を開発し、支給している。それは指揮官や対戦車兵器の要員の個人防御用に支給されている「機関けん銃」だ。近年は「機関拳銃」と表されるようになった。

いわゆる短機関銃の類である。これはミネベアが開発したもので、9ミリ拳銃と同じ拳銃用の弾丸を使用する、短機関銃だ。時代遅のみならず、調達コストは他国の短機関銃の10倍以上もするのだ。

160510kiyotani自衛隊の9ミリ拳銃

空挺部隊がパラシュート降下する場合、もっとも脆弱なのは空中で落下傘降下をしている最中と直後だ。降下中は下から撃たれても避けようがないし、反撃もできない。また降下後は部隊が広範囲にバラバラに着地する。空挺部隊はある程度部隊が集合し、対戦車火器や迫撃砲など重火器を集めてからでないと組織的な戦闘ができない。

しかも空挺降下をする場所は大抵、空港などの開けた場所であり、身を隠すことが困難である場合が多い。この着地直後に敵の攻撃に晒されれば、各個撃破されてしまう。空挺部隊が最も脆弱なのがこの時だ。

「機関拳銃」はこの最も脆弱な時に従来拳銃しか持っていなかった指揮官や、対戦車火器の要員などの自衛火力を強化する目的で99年度より導入された。陸幕広報室の説明によると「機関拳銃」は射程距離が100メートルぐらいという要求に合わせて、九ミリ拳銃などを製造しているミネベアが開発したものだ。

だが「機関拳銃は時代遅れの装備だ。特殊部隊の突入や警備用を除き、空挺部隊を含めて、歩兵部隊の野戦部隊の将校などに短機関銃を配備するのは90年台においては既に時代遅れとなっていた。そのような発想は第二次大戦から朝鮮戦争ぐらいまでだ。すでにベトナム戦争で米軍は軽量な小口径弾を使用するM-16小銃を採用したが将校などにはその銃身を切り詰め、軽量化したXM177カービンを採用している。当然ながらM-16小銃弾薬の共用性がある。

「機関拳銃」はオープンボルト方式を採用した短機関銃だ。この手のタイプの短機関銃は第2次世界大戦で歩兵部隊の下士官や戦車兵などに大量に配備された。それは仕組みが単純で量産に適しており、当時主流だったボルトアクションライフルおよびセミオートマチックの小銃よりも連射が効き、火力で敵を制圧できることが期待されたからだ。また常に排莢口を開いたままでボルトが停まるために連射による銃身や機関部の加熱のトラブルが少ない事にあった。

反面オープンボルト方式は発射時に反動が大きく、射撃精度が低い。熟練した射手でも実質的な有効射程は30~40メートル程度に過ぎない。対して対テロなどに多用されているのは、ドイツのH&K社のMP-5に代表されるクローズドボルト方式のサブマシンガンである。これらは100メートル先でもよく命中する。筆者は両者を過去何度も射撃してきたが両者の違いは歴然だ。

短機関銃は威力の小さい拳銃弾を使用している。小銃弾と拳銃弾では威力は大人と子供、セダンと原付きバイクぐらい違う。例えば「機関拳銃」が使用している9ミリパラベラム弾の初活力は560ジュールだ。対して7.62ミリNATO弾は3,265ジュール、より小口径の5.56ミリNATO弾1,796ジュールで、9ミリパラベラム弾の3倍以上だ。

当然短機関銃の射程は短く、威力も低い。このため現在主流のアサルト・ライフルの実質的な有効射程距離である200メートル程度では撃ち合にもならない。

しかも80年代以降、多くの軍隊が、防御力の高いアラミド繊維などを使用したヘルメットやボディアーマーを採用している。これらは拳銃弾では貫通できない。

つまり、射程、命中精度、貫通力のいずれの面からも短機関銃の有用性は低い。それがクローズドタイプの短機関銃であってもだ。故に80年代以降で野戦での短機関銃は急速に廃れてきた。使用しているのは車輛兵や後方警備、あるいは近接戦闘を行う特殊部隊などだ。

その2その3に続く。本シリーズ全3回)

トップ画像:空挺部隊は落下傘降下中途直後が一番脆弱だ

文中画像:自衛隊の9ミリ拳銃


この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


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清谷信一

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