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.国際  投稿日:2016/6/13

残留支持する米国の本音と建て前(上)英国はEUから離脱するか その2


林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

旧知の英国人ジャーナリストに、こんな質問をしたことがある。「一般的な英国人は、USAとヨーロッパの国々とでは、どちらにより親しみを感じているのだろう?」即答だった。「残念ながらUSAでしょうね」

 残念ながら、という表現はなかなか含蓄があって、彼も私も、EUが「国境なき国家連合」から「ヨーロッパ合衆国」への道を歩んでいること、とりわけ、ナポレオンもヒトラーもなし得なかったヨーロッパ統合を、一発の銃声も響かせることなく実現せんとしていることには、高い評価を与えている。

 しかしながら、一般的な英国人はそうではない。理由の第一は、同じ英語国民だという点であろう。アメリカ英語を毛嫌いする人も決して少なくないのだが、それでもフランス語やイタリア語に比べれば、会話がちゃんと通じる分、親しみを感じて当然ではある。それ以上に、生活文化の様々な点で、英国とヨーロッパ大陸諸国は大きく異なる。

 たとえば自動車の運転だが、英国は日本と同様、左側通行の右ハンドルなので、我々にとっては慣れる必要がない分、すぐ車に乗る生活ができる。しかし、このことは「日本と同じように運転できる」ことを必ずしも意味しない。

 ロンドンで働いていた頃、同じ職場の日本人女性に、急用で一度帰宅したいから車を貸して欲しい、と頼まれたことがある。その日の夜、車と彼女は戻ってきたのだが、「久しぶりに運転したせいかしら。50キロしか出してないのに、すっごい怖かった」と言うではないか。顔から血の気が引いたのを、今も覚えている。

 私が当時乗っていたのはドイツ車だったが、英国で売られているモデルは、メーターが全てマイル表示なのだ。夕暮れ時のロンドンの住宅街を、時速50マイル(80キロ)でぶっ飛ばして行っただと?

 そんな話、EUの問題とどう関係があるのか、と言われるかもしれないが、実は大ありなのだ。ヨーロッパ統合がこのまま進展すれば、英国人は左ハンドルの車に乗り、メートル法の生活を強いられるのではないか。そういった危機感を、現実に抱いているのである。

 飲食物の容量も、EUではメートル法で表記することと決められているが、この結果、たとえば英国のビール会社は、パブなどで売るためのパイント単位(1パイントはおよそ568ミリリットル)と、ヨーロッパ大陸諸国への輸出向けのリッター単位と、2種類の容器を準備しなければならない。

 米国も実は、こうした危機感を共有している。飲食物の容量を全てメートル法で統一しなければならないとすると、たとえばマクドナルドの「クォーター・パウンダー」はどうなるのか。まさか「113グラマー」にせよとは言うまいな、というわけだ。いや、真面目な話、これは非関税障壁ではないのか、という議論が盛り上がるのを防ぐべく、ヨーロッパの主要都市には必ずあると言って過言ではないマクドナルドは「お目こぼし」 を受けているのである。

 前回紹介した,保守党内反EU派の急先鋒であるジョン・レッドウッド議員の論理も、実はこの延長線上にある、と述べたなら驚かれるであろうか。いや、まったく同列だとまで言っては、さすがにこちらの方が暴論の誹りを免れ得ないが、EUからの離脱を主張する一部保守党政治家たちの主張の根幹は、「選挙で選ばれた自分たちの頭越しに、ブリュッセルのEU官僚が、度量衡はもとより、財政規律から海岸の景観、果てはペットの飼い方まで決めるなどということが、どうして許されるのか」ということである。わが国だけ右ハンドルの車に乗ってなにが悪い、という論理だ。

 ただしこちらの議論は、米国の支持を得ているとは言い難い。むしろ現在のオバマ政権は、英国はEUに留まるべきだと、強く促している。

またまた、こう述べると驚かれるかも知れないが、これは、米国車もメーターはマイルで左ハンドルだから、などという次元の話ではなく、経済政策上の理由に加え、かの国の「歴史認識」も関係しているのだ。次回、その話を。

 (その3は1411時配信予定。その1も合わせてお読み下さい)

 


この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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