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.国際  投稿日:2016/7/6

理よりも情で勝った離脱派 EU離脱・英国の未来像その2


林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

ロンドンで映画プロデューサーとして働いている親戚から電話が来た。最新情報をメールで知らせて欲しい、という私からの依頼への返信だったが、開口一番、「これからデモに行くので、長いメールを書いてる時間がなくて」などと言う。

今次の国民投票でも、残留派が多数を占めたロンドンでは、昨年の選挙の結果、EU圏の首都で初めて、ムスリムの市長(労働党のサディク・カーン氏。パキスタン系移民の2世である)が誕生しているという事情もあり、早々に、「ロンドンだけが英国から分離独立して、EUに残留すべく交渉すべき」という市民運動が盛り上がった。そのデモに参加するのだという。

映画製作などの仕事をしている英国人は、みんな今次の国民投票の結果を「悪夢」だと語り、これでわが国はただの小国になってしまう、と本気で心配しているのだそうだ。映画製作という仕事のもっとも重要な作業とは、投資家を募って資金を調達することだが、英国映画は早くも投資家の激減という事態に直面しているという。

それだけではない。ロンドンはともかくスコットランドは早くも分離独立・EU残留の意志を表明しているし、このまま離脱となれば、空中分解するのはEUではなく連合王国(=英国)の方だ、という危機感を抱く人は、決して少なくない。

なにしろ北アイルランドでは、EU加盟国であるアイルランドのパスポートを取得しようとする人たちのおかげで、大使館が門前市をなしているというのだから、まったくもってただ事ではないのである。

しかしながら、やはり長年ロンドンに住み、主として日系企業の駐在員を相手としたビジネスを続けている友人に言わせると、顧客である駐在員たちは、案外冷静であるらしい。「あと2年の間に、どう転ぶか分からないから」ということだそうだ。

EUの加盟要件などを定めたリスボン条約によれば、離脱を表明してから2年以内に撤回しない限り、その2年目の日をもって自動的に加盟国の特権が全て失われる。逆に言えば、まだ2年間は、離脱後の英国とEUとの関係について話し合う余地があるわけだし、たとえ英国での事業の継続が難しくなろうとも、自分は会社から命じられた任地に異動するまでだ、と割り切っているのだろう。サラリーマンの発想とは、そういうものだ。

まして、英国は未だ正式に離脱の意志をEU側に伝えていない。旧知の英国人ジャーナリストによれば、目下水面下で、国民投票のやり直しを可能にする根拠をさがす作業が進められているのだという。この話は次回あらためて見ることにして、今次の国民投票で、大方の予想に反して離脱派が勝利した理由について、もう少しこだわりたい。

前述の、ロンドンでビジネスを続けている友人は、「東欧からの移民を追い出したくて仕方ないんだろう」と言う。

具体的にはポーランド、ハンガリー、ルーマニアといった諸国からの移民だが、大英帝国の植民地からの移民と違って、ほとんど英語を話せない人が多い。「おまけに教養がないから、病院でも大声で怒鳴り合ったり、そんな連中であふれたおかげで、NHS(National Health Service:英国の無償の医療サービス。全ての公立病院で適用される)なんか6ヶ月待ちになってるし、英語ができない子供たちのせいで学級崩壊が起きたり、昔から地元に住んでいる家の子が、希望の学校に入れなかったり……この国の年寄りはもう、我慢の限界にきてるんだよ」

この話を聞いたのと前後して、橋下徹・元大阪市長が、自身のメールマガジンで、EU離脱派をポピュリズムと批判する傾向に対して、反対意見を開陳した。鳩山元首相が提唱した「東アジア共同体構想」を例に取り、概略以下のように述べる。

「中国人や韓国人が、パスポートなしで日本にやってきて、自分たちの生活習慣を変えぬまま、低賃金の仕事をどんどん日本人から奪って行く、ということになったら、日本人は耐えられないのではないか」

「若い人が将来、東アジア共同体を選択するならそれでもよいが、僕の目の黒いうちは離脱派であり続ける」

ちなみに橋本氏は、この国民投票の前後、英国に滞在して、現地の事情をちゃんと見てきている。なおかつ、ヘイトスピーチを規制する条例をわが国で初めて成立させた政治家でもあり、アジア人一般に偏見を抱いているような人ではないことは明らかだ。

そのことは重々承知の上で、やはり私は、今次の国民投票における離脱派の勝利は、悪質なポピュリズムの結果であったと断じざるを得ない。その理由は、次回詳しく述べさせていただこう。


この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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