無料会員募集中
.国際  投稿日:2016/8/17

フィリピン・ドゥテルテ大統領 米政府の懸念を吹き飛ばす人気と支持の理由


大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

フィリピンのドゥテルテ大統領に対する国際社会の風当たりが強まっている。大統領の麻薬犯罪に対する姿勢が「麻薬犯罪者は殺害してもよい」という強硬なもので、6月30日の大統領就任以降、これまでに麻薬犯罪者として捜査現場や路上で殺害された人は500人以上となっている。

これに対し国際的な人権団体、キリスト教団体などが「超法規的殺人、司法手続きを経ない殺人は犯罪である」として政権批判を強め、8月8日にはついに米政府が非難の矢を放った。米国務省のトルドー報道部長が会見で「麻薬関連容疑者らの大量拘束と超法規的殺害について懸念している。人権を守った法の執行を行うようフィリピンに強く求める」と発言したのだ。

 

60万人が自首する事態

フィリピンでは「路上で殺害された男性を抱きしめる女性、それを周囲で見つめる群衆」という衝撃的な写真や顔をガムテープで巻かれ、後ろ手に縛られて殺害、放置された遺体のそばに「密売人」と記された紙片が置かれた写真などがネットに拡散している。確かに人違いによる殺害、麻薬犯罪と無関係の犯罪者の殺害、仲間の口封じなどによる殺害が皆無であるとは当のフィリピン人も思ってはいない。

殺害された人数ばかりが強調されているが、ドゥテルテ政権の強硬策に「命の危険を感じた」麻薬密売や麻薬常習者が全国で続々と警察に自首しており、その数はなんと60万人に上っているという。これだけの人たちが麻薬犯罪、麻薬使用の桎梏を逃れようと決断したのであれば、それはそれで効果を認めざるを得ないのかもしれない。

米政府の批判にもドゥテルテ大統領は耳を傾けるつもりはなく、任期中の麻薬犯罪根絶という「公約」を果たそうとしているが、この強気を支えているのが国民の支持と期待にほかならない。大統領就任直前の調査では実に84%の高い支持を得ていた。

 

街の声は大統領支持

フィリピンの知り合いを通じて8月11日に筆者が得たマニラ市民の声を紹介しよう。

「ドゥテルテ大統領は好きであり、これからも期待する。このフィリピンでは彼のような強い人が上に立たないと犯罪はなくならない。だから彼の行っている麻薬取り締まりは当たり前のことだと思う。」(男性、46歳)

「たくさんの麻薬売人や麻薬常習者が毎日死んだとニュースで騒がれているが、悪い人たちなので死んでもおかしくない。彼らがいる限りこの国、フィリピンはよくならないのだからドゥテルテ大統領に期待している」(女性、44歳)

「大統領就任から一カ月でこれだけの麻薬売人や麻薬常習者が捕まったり、自首したり、殺されたりしているのを国民は目で見て分かっている。このまま6年間ドゥテルテ大統領が言っていることをちゃんと実現すれば、フィリピンの治安はよくなり、経済もよくなると思う」(男性、28歳)

このように一般市民の間でのドゥテルテ人気は依然として高く、麻薬犯罪への取り組みが評価されていることがうかがえる。

 

■「一面だけで判断しない」

 こうした声は一般市民だけでない。フィリピンの哲学者アル・クイさんは

「10年前であれば、このような麻薬問題の解決策には賛成しなかっただろう。なぜなら問題の根本への言及が全くないからだ。人々は貧困やその他の深刻な問題から逃れるために麻薬に手を出す。その貧困などの根本問題への解決姿勢が最初に問われるべきと考えるからだ。とはいえ、現在のドゥテルテ大統領の麻薬対策には反対も賛成もしない中立の立場である。物事には必ず正と悪、白と黒というように二面があり、一方だけをみて物事を断ずることは正しくないと考えるからだ。麻薬犯罪に関連した犯罪者が殺されているという一方で、麻薬の犠牲となって死亡する人が多いのも事実。一体誰が正しく、誰が間違っているのか、それは軽々に判断するべきではないと考える」

と筆者の問いにメールで回答。

積極的支持に加えて消極的支持や黙認を含めると相当に幅広い階層でドゥテルテ政権が支持されているのは間違いないといえる。

 

東南アジア流の人権

 米政府や国際社会が掲げる「人権」や「民主主義」は東南アジアでは往々にしてそのまま受け入れられないことがある。その定義や範囲にはその国や社会がもつ独自の価値観、歴史や宗教などが複雑に絡み合い、錯綜し、独自の「人権」「民主主義」が醸成されている。

ドゥテルテ大統領が進める「麻薬犯罪者の殺害」を人権侵害と軽々に判断してしまうことは、麻薬犯罪に苦しむフィリピン社会で生きる以外に術のない市井の人々の声を無視することにならないだろうか。民主的に実施された選挙で圧倒的支持を得て当選した独立国の大統領、それがドゥテルテ大統領なのだ。

筆者は超法規的殺人を支持するものではないが、少なくともフィリピンの知人の大半が大統領への支持と期待を表明しているという事実の前には謙虚でありたいと考えている。


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."