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.国際  投稿日:2019/11/17

フィリピン密輸品は中国から


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・比、ロブレド副大統領は米機関と麻薬対策について協議。

・ドゥテルテ氏の強硬策に反対のロブレド氏が麻薬問題担当に。

・中国ルート、中国人組織に注目して摘発を進める。

 

フィリピンのレニー・ロブレド副大統領は11月14日、同国最大の国内課題でもある麻薬問題に関連して、米政府や国連の関連機関などと緊密な協議や情報交換を進めて麻薬の海外からの密輸ルートの摘発などを積極的に進める方針を明らかにした。さらにフィリピン国内に海外から流入してくる麻薬の大半が中国からであることを明らかにし、今後は中国当局とも協力して密輸対策を強化すること可能性も示した。

フィリピンでは2016年にドゥテルテ大統領が就任して以来、麻薬対策を最重要課題として取り組み、麻薬関連容疑者に対する警察官などによる取り締まり現場での射殺などの超法規的殺人で麻薬事犯は減少傾向にあるとされる。

フィリピン警察によると2016年以来殺害された麻薬犯罪関係者は約6000人に上るとしているが、人権団体などによると実際には約1万人が適切な司法手続きを経ずに、また警察官ではない人物らによって取り締まり現場で主に射殺されているという。

▲写真 ドゥテルテ大統領2016年記者会見(フィリピンの高レベルの麻薬シンジケートの麻薬取引ネットワークを示すチャートを提示) 出典:Wikipedia(パブリックドメイン)

このため米のオバマ前大統領などは「人権侵害の疑いがある」としてドゥテルテ政権の麻薬対策を厳しく批判、ドゥテルテ大統領もオバマ前大統領を「くそったれ」「地獄へ行け」などと罵るなど一時対米関係が冷え込んだ時期もあった。

ところが米トランプ政権はオバマ前政権のような「ドゥテルテ批判」を繰り返すことは控え、両国関係のさらなる悪化は回避されている。

そうした両国関係の現状を反映してブレド副大統領は米政府機関である「国務省国際麻薬・法執行局」「麻薬取締局(DNA)」「連邦捜査局(FBI)」「国際開発庁(USAID)」などの関係者や国連の麻薬問題担当者らと今後の麻薬対策などについて直接協議したことを13日に明らかにした。

 

■ 副大統領が麻薬対策を陣頭指揮

フィリピンの麻薬対策は主に麻薬対策機関と警察、さらに軍も協力する形で進められ、ドゥテルテ大統領がトップダウンで指示する態勢でこれまで進められてきた。しかし、10月末にドゥテルテ大統領は麻薬問題を省庁横断的に扱う「反違法薬物省庁間委員会(ICAD)」の共同委員長にロブレド副大統領を指名した。野党所属で日頃からドゥテルテ大統領による超法規的殺人などの強硬策に批判的だったロブレド副大統領の指名は「批判する者は答えをもっているだろう」(ドゥテルテ大統領)という異例の指名だった。

11月6日にロブレド副大統領はこの指名を「超法規的殺人を終わらせることができるなら、この挑戦を受けて立つ」と受諾することを表明、麻薬対策を陣頭指揮することになったのだ。

ロブレド副大統領は早速米政府や国連の関係者などとの会合を持ち、フィリピンの麻薬問題の詳細な分析と情報収集などで意見交換すると同時に協力を求めた。

これに対し米側は「フィリピンの友好国として可能な限り協力する姿勢を示してくれた」(ロブレド副大統領)としている。

▲写真 フィリピンの薬物戦争への抗議活動(ニューヨーク) 出典:Flickr; VOCAL-NY

 

■ 今後の麻薬捜査は対中国にシフトか

ドゥテルテ大統領は2016年7月の大統領就任直後に「不法麻薬を扱う大物はどこにいるのか。その大物を捕まえたければ中国に行きそこで探せばよい」と公言して憚らなかった。そして「フィリピンに麻薬を密輸している麻薬組織の大物が中国に滞在していることは誰もが知っている」と具体的な大物の名指しをさけながらも中国を間接的に批判していた。

こうした麻薬密輸に関連する中国人組織、中国ルートなどにロブレド副大統領は米政府や国連の協力をテコに本格的にメスを入れる方針を示したといえる。

ロブレド副大統領は「詳細なデータや情報の分析がさらに必要だが、国内に流入する麻薬関連事犯で逮捕されるのはフィリピン人か中国人だ」としたうえで麻薬捜査に関して中国ルート、中国人組織に注目して摘発を進める考えを示した。

こうした考えの背景には、国内で麻薬密売者、所持者、使用者を対象とした取り締まり、捜査から海外からの麻薬供給ルート摘発に力を入れ、これまでの超法規的殺人による摘発方法中心の捜査からの方向転換という麻薬対策の根本的な見直しを示唆したものとして注目されている。

今後の捜査や情報収集の結果次第としながらもロブレド副大統領は「在マニラの中国大使館との協力」の可能性についても視野にいれているという。

ドゥテルテ大統領が進めてきた超法規的殺人を含む強硬な麻薬対策は一定の効果をみせたとされているが、米政府や国際社会、人権団体やキリスト教関係者などからは「人権侵害の疑いがある」と厳しい批判を受けてきたことも事実。

こうした国内外の批判を謙虚に受け止めて適正な方法による麻薬対策がロブレド副大統領の陣頭指揮には期待されている。

米政府や国連が「協力を表明」した背景にもこうしたフィリピン政府の「人権侵害の可能性がある超法規的殺人を含めた強硬策」からの方針転換を歓迎する意向があるものとみられている。

トップ写真:フィリピン、レニー・ロブレド副大統領 出典:Public of the Philippines


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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