天孫ならば女系ではないのか 知られざる王者の退位 その9
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
英国では先般、憲政史上二人目の女性首相が誕生した。そして、エリザベス2世女王の治世でもある。なぜこのようなことから書き出したかと言えば、英国は今に至るも立憲君主制が保たれており、首相も臣下の一人だからである。つまり、女王の治世とはこの場合、決して比喩的な表現ではない。
ただ、立憲君主制とはまことに面白いシステムで、名目上の政治権力と現実のそれとが、かなり乖離している。具体的にどういうことかと言うと、英国王の大権というものがいくつか認められていて、宣戦布告もそのひとつである。
しかし現実には、どこかの国に対して宣戦を布告するか否かは、内閣が大権を代行する形で決定する、ということになっていた。ところがこれも、2007年に首相に就任したゴードン・ブラウンによって、議会に委譲されてしまった。
前任者であったトニー・ブレアが決定した対イラク戦争が、結果的に労働党政権に対する支持率を大きく下げてしまったことへの反省からだと言われているが、いずれにせよ王室は蚊帳の外であった。そしてもちろん、このことに対する批判などなきに等しい。
宣戦布告だけでなく、英国王は麾下(きか)の軍隊に対して、解散を命じることもできる。ただし、この場合の麾下の軍隊とは、海軍、空軍、それに海兵隊で、陸軍は含まれない。軍事オタクの傾向が……もとい、軍事問題に一定の関心と知識をお持ちの向きは、今挙げた3軍は、いずれもロイヤルの名を冠し(海軍ならロイヤル・ネイビー)、王家の軍隊というタテマエになっているのに対し、陸軍だけはブリティッシュ・アーミー、すなわち英国国民軍を名乗っていることをご存じだろう。これは、英国陸軍のルーツが、貴族・騎士の家臣団に求められるからだ。
島国という地理的条件から、ヨーロッパ大陸諸国の軍隊のように、多数の傭兵を抱えることはなかったが、征服した土地から兵士を半強制的に徴募した例は昔からある。後にはこれが植民地兵となり、幾多の戦役で最前線に投入された。最も有名なのが、ネパール高地民族のグルカ兵であろう。いずれにせよ、ルーツはルーツ、現状は現状なので、今の英国において、軍隊が王家のものであるなどと、大真面目に考えている人はまずいない。
前置きがだいぶ長くなってしまったが、日本の皇室について考える場合も、「伝統は伝統、現状は現状」という発想が大切になってくると、私は思う。
端的に、男系の伝統に固執して、たとえ側室制度を復活させてでも維持すべし、という方向に傾くのか、このままでは皇統そのものが危機に陥るのだから、将来の女系容認も視野に入れて、女性天皇即位を容認すべし、とするのか。
側室制度の復活まで唱えている人は、私の知る限り、自称「右寄り」の女性漫画家くらいなものだが、もっと著名な人、たとえば櫻井よしこさんなども、しばしば「2700年続いてきた男系の伝統」などといった発言を繰り返している。皇統を2700年と表現した時点で、ご自身の論理が破綻していることに、気づかないのであろうか。皇室のルーツは神話時代まで遡るというのであれば、そもそも天照大神は女性なのだから、天孫たる皇室は女系以外の何者でもないではないか。
こういうことを言うと、はじめに女系天皇容認ありきで空理空論を並べている、などという批判を受けがちなのだが、そんなことを言い出したら、男系どころか「萬世一系」までかなり怪しい話になってくる。
要は、伝統や歴史といったものを手前勝手に解釈することをせず、ますは現状を正確に認識し、それがよい方向に進むためにはどうすべきなのか、といった議論の王道を守ることだと私は考えるが、どうだろうか。
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。