無料会員募集中
.国際  投稿日:2016/10/9

ドゥテルテ大統領、反撃開始 批判勢力急先鋒電撃解任


大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

フィリピンのドゥテルテ大統領による不規則発言、暴言、失言のニュースが繰り返し海外メディアを賑わせている。不思議な現象に見えるかもしれないが海外で「ドゥテルテ発言」が報道され、国家指導者としての資質や能力に疑問が投げかけられるたびに彼のフィリピン国内での評価、人気は揺るぎなくなり、80%近い支持率は「高止まり」の状況が続いている。

ドゥテルテ大統領が大統領に就任した6月30日から9月6日で100日を迎えた。いわゆるお手並み拝見の「ハネムーン期間」が終わるとともに、これまで事態を静観していた批判勢力がドゥテルテ大統領による「米国からロシア、中国への外交シフト」「殺人を容認する麻薬犯罪者への強硬姿勢」「新人民軍などの反政府組織との和平路線」「南シナ海領有権問題」などを問う評価し今後どう対応していくのかが注目となる。

一部の人権団体や国際組織フィリピン支部などが麻薬犯罪者への殺害や外交シフトについて「超法規的殺人」「米との同盟関係を阻害」などと批判を表明しているものの、地元メディアも野党勢力も、国民に影響力が強いキリスト教関係者や国軍も、そして大統領選で敗北した政治エリートたちもこぞってこれまでのところ静観している。それもこれも国民の圧倒的支持を背景に大統領に当選、「高止まり」人気を維持しているからに他ならない。不満や反論を抱きながらも誰もが「国民」を敵に回したくないという本音があるからだ。

■大統領批判の急先鋒を狙い撃ち

9月15日、フィリピン国会上院は異様な雰囲気に包まれていた。ドゥテルテ大統領が進めている麻薬犯罪容疑者に対する超法規殺人について審議する上院聴聞会が開かれたからだ。聴聞会ではドゥテルテ大統領がミンダナオ島ダバオ市長時代に組織したとされる「私設処刑団」元メンバーのフィリピン人男性(58)が麻薬犯罪者殺害に自ら関わり約50人を殺害したことを告白。聴聞会場は重苦しい空気に包まれた。そしてこの元メンバーが「ドゥテルテ(当時は市長)の指示で麻薬犯罪者のみならずレイプ犯など1000人以上が殺害され、ドゥテルテ市長自身も処刑に参加していた」と証言するに至り空気が一変、衝撃が走った。それは現職の大統領が過去に状況はどうあれ殺人を犯していたことを証言したことに他ならないからで、メディア特に海外メディアは一斉にこの証言を大々的に報じた。

ことの重大性をドゥテルテ大統領側も認識したのか動きは素早く、アンダナー大統領府報道班長が「市長(ドゥテルテ)にいかなる犯罪容疑者の殺害指示の権限もなく、市長自身が殺害に関与した事実はない」と全面的に証言内容を否定した。

だがドゥテルテ大統領陣営は否定による単なる事態の沈静化だけに留まらず、一気に反撃にでた。その標的となったのがこの聴聞会を開いた上院法務委員会の委員長を務め、前アキノ政権で司法長官まで歴任、ドゥテルテ大統領による超法規的殺人を一貫して批判してきた、いわば反ドゥテルテ派急先鋒の一人でもある女性政治家デ・リマ上院議員、その人だった。

■麻薬王との癒着から不倫ビデオまで公開

9月19日、処刑団元メンバーの爆弾証言から4日後、フィリピンを代表するプロボクサーで上院議員でもあり、ドゥテルテ大統領と親密な関係にあるとされるパッキャオ上院議員が上院司法人権委員会の再編を発議、事前に根回しができていたのか、あっという間に委員長デ・リマ議員はその委員長職を解任させられた。そして翌日の20日、新たな委員長の下で開かれた麻薬犯罪に関する同委員会聴聞会は、それまでの「超法規的殺人」を審議する場とは一変、デ・リマ議員糾弾会議となった。

モンテンルパ刑務所に服役囚の麻薬王とされる人物がデ・リマ議員に麻薬取引の売上金から少なくとも7000万ペソを上納したと証言。デ・リマ議員と元専属運転手が不倫関係にあり、この運転手が上納金を運んだことまで明らかにされた。

さらに追い打ちをかけるように刑務所での麻薬王主催のパーティにデ・リマ議員が参加して歌を歌うビデオや不倫相手の元運転手とのベッドシーンのビデオまでが一部マスコミを通して公表されるなど公私にわたってデ・リマ議員を追い詰める結果となった。

しかし、2009年当時からフィリピン人権委員長としてダバオ市長だったドゥテルテ大統領の超法規的殺人を追及してきたデ・リマ議員は窮地に追い込まれながらも、故マルコス夫人のイメルダ下院議員に代表されるフィリピン女性政治家の強さとしぶとさで懸命に抵抗を続けている。

デ・リマ議員は「不倫は個人的なこと」としてコメントを拒否し、その他のことに関しては「私に不利な証言をした証人は大統領府に弱みを握られ服従させられているのだ」と公平性に疑問を投げかけ、背後にドゥテルテ大統領の存在を強く示唆、政治的陰謀との見方を強調。上院の委員長解任も「(ドゥテルテとの)闘いに命を捧げた私の信念を犠牲にするほどの価値は(委員長職には)ない」としてドゥテルテ大統領追及の手を緩めない姿勢を示している。

■マルコス独裁政権を彷彿させる手法

デ・リマ議員に対する上院議員、司法関係者、マスコミまでを巻き込んだドゥテルテ大統領側からの執拗なまでの反撃に、デ・リマ議員自身は強気の構えを崩さずにいるものの、ハネムーン後にドゥテルテ大統領を批判しようと構えていた勢力の気勢を削ぐには十分な効果があったとみられる。

地元マスコミ関係者は「ドゥテルテ大統領批判の矢を放てば、デ・リマ議員のケースのように矢がブーメランのごとく自らに飛んでくる羽目になり、下手をすれば政治的生命、社会的生命が失われかねないと恐れて追及はトーンダウンしてしまうだろう」とドゥテルテ大統領側の戦略を解説し、「その手法はある意味マルコス元大統領を彷彿とさせる恐怖独裁政治だ」と警戒感を露わにする。

もっともこのマスコミ関係者も「記者個人のこうした考えが新聞や放送の論調として堂々主張できない自己規制があることも否定できない。これもマルコス時代と同様」と切歯扼腕する。

ハネムーンを過ぎても高い支持率に加え、10月6日に公表された民間調査機関ソーシャル・ウエザー・ステーション(SWS)のドゥテルテ政権の政策満足度世論調査で76%が「満足」と回答した事実(大統領就任後初の調査としてはラモス大統領に次ぐ歴代2位の高い数字)を背景にドゥテルテ大統領はこれまでの独自強硬路線を歩み続けようとしている。

■日中外交でも注目のドゥテルテ節

 オバマ米大統領やユダヤ人に関する暴言、失言も相変わらずで、事後訂正や閣僚による釈明、修正というパターンも定着しつつある。ドゥテルテ大統領は10月19、20日には中国を訪問し、その後22日から27日には初来日する予定だ。中国では南シナ海領有権問題と経済関係、日本では貿易、投資促進がそれぞれの首脳会談で議題となることが予想される。国際社会の予想に反してフィリピン国内では批判勢力をこれまでのところ見事に抑え込み、政権基盤を着々と固めつつあるドゥテルテ大統領。その一挙手一投足、一言一句に惑わされることなく、ドゥテルテ節の裏にあるその真意を探ることが求められる首脳外交だが、日中の首脳にそんな芸当ができるだろうか。

ドゥテルテ大統領の外交戦術の当意即妙、相手を煙に巻く戦術はラオスで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議でも十分に発揮された。

さらに、ドゥテルテ大統領の和平交渉呼びかけを拒否しているイスラム過激組織や和平合意したものの、条件闘争で不満感を募らせている共産党系組織、さらに壊滅の危機に直面している麻薬組織などが虎視眈々と反撃を狙っているとの情報もあり、大統領留守中のフィリピン国内の情勢にも注意する必要があるかもしれない。

トップ画像:出典 Rody Duterte facebook


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."