無料会員募集中
.国際  投稿日:2016/9/17

フィリピン米国離れ中国接近の真相 ドゥテルテ大統領のしたたかさ その1


大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

毎度お騒がせのフィリピンのドゥテルテ大統領は、9月6日からラオスで開催された東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議、東アジアサミットなど一連の会議で最もメディアの注目を集めた「時の人」になった。もっともその理由が暴言や失言、会議欠席など会議本来の目的や議題とは遠くかけ離れた問題ばかりで、各国首脳の反応は徐々に冷めたものになり、メディアも「本論、本筋ではないものの報道しないわけにはいかない」ために報道し、その報道がまた物議を醸すという悪循環が続いた。終わってみれば「ASEAN首脳会議はドゥテルテの言動以外に何があったのか」という後味の悪い、印象の薄い会議となってしまった。

ドゥテルテ大統領自身がそれを望んだかどうかはわからないが、こうした結果に密かにほくそ笑んでいたのが中国であることは疑う余地がない。南シナ海を巡る問題で強硬姿勢を見せている米国と国際仲裁裁判所(オランダ・ハーグ)に提訴して「中国悪者」裁定を勝ち得たフィリピンによるオバマ・ドゥテルテ首脳会談がお流れとなり、ASEAN首脳会議、東アジアサミットいずれの会議でも日米など一部の国から指摘はあったものの、中国を名指しで非難したり、主要議題となったり宣言文に盛り込まれることはなかった。対中国の国際世論あるいは域内世論の沸騰をドゥテルテ大統領が結果として「埋没化」してくれたことは、中国にとって敵失でチームメイトがあきれ、観衆がやんややんやとしている間にホームインしてゲームセットしてしまったようなものだろう。

ドゥテルテ節はその後9月9日に訪問したインドネシアでも炸裂。国連の潘基文事務総長を「あいつも馬鹿野郎だ」と悪しざまに批判したり、前アキノ大統領が執行猶予の嘆願をしていたインドネシアに麻薬犯罪で服役中のフィリピン人女性の死刑判決を支持したりと相変わらずニュースを提供している。

こうしたニュースには国際社会は「またか」という程度の反応しか示さなくなってきていたが、9月13日にマニラ首都圏パサイ市のビリヤモール空軍基地で行ったドゥテルテ大統領の演説は「ドゥテルテ節に慣れた」国際社会を再び驚かせるに十分だった。特に同盟国米政府は「突飛な発言を繰り返してきた人物なので驚かない」(アーネスト米大統領報道官)としながらもまさに「寝耳に水」だった。

 

■米軍退去要請、合同パトロール不参加表明

 フィリピンのミンダナオ島には米軍特殊部隊107人がイスラム過激派対策やフィリピン軍の教育訓練の目的で駐留している。この駐留米軍に対しドゥテルテ大統領は退去を要請した。さらに南シナ海で対中強硬姿勢を示す一環として実施している米とフィリピンによる合同パトロールについても「米中どちらにも加担したくない。自分たちの領海をパトロールしたいだけだ」と述べて、合同パトロールに参加しない意向を表明した。

そして同じ演説でこれまで米国、イスラエルなど同盟国から調達していた軍装備品の調達先にロシア、中国をも検討していることを明らかにした。「20年から25年の借款契約を2国と合意している。その2国に対し武器、装備がほしいとすでに伝えてある」としてすでにロシアと中国との間で武器・装備調達に関する何らかの合意があることを示唆した。フィリピン軍事筋によると、対外戦争を想定していないフィリピン国軍が装備近代化で必要としているヘリコプターや装甲車、ハイテク通信機器、人道支援、災害支援用の各種機器などをロシア、中国に提示しているという。

これに対し中国はドゥテルテ大統領の大統領専用機を提供する考えを示したとされているが、フィリピン情報当局が「中国からの大統領専用機供与は秘密保持や機体の信頼性で問題がある」として反対する意向という。

 

■米国離れは中国接近のサインか

こうした一連のドゥテルテ大統領の発言や行動を見る限り、フィリピン外交の基軸である親米路線、米軍との同盟関係を見直そうとしており、その結果として中国に接近しようとしているとみることもできるだろう。

中国との間の最大の懸案である南シナ海の領有権問題ではフィリピンがオランダ・ハーグの仲裁裁判所に中国の「南シナ海のほぼ全域に及ぶ領有権の主張」の違法性を訴え、今年7月12日に「中国の主張に法的根拠はない」との「勝利の裁定」をフィリピンは得ている。ところが中国は仲裁裁判所の裁定を「単なる紙屑」として無視、「あくまで領土問題は関係当事国の2国間で解決する問題」として日米や国際社会の関与を拒絶している。こうした中、ドゥテルテ大統領は就任直後にラモス元大統領を特使として中国に派遣して「領土問題を2国間交渉で協議する」という対中柔軟姿勢に転じたと報道された。

米特殊部隊の撤退、米との合同パトロール不参加、米以外の国からも武器調達と立て続けのドゥテルテ大統領の発言をみれば、オバマ大統領に対する暴言を伏線として確かに米国離れを意図的に狙っていることがわかる。そしてその米国離れと表裏一体となっているのが中国への急接近の傾向である。

6月30日の大統領就任以来、ドゥテルテ大統領が派遣したラモス特使は中国に歓迎され、中国はこの機に乗じて一気にフィリピンを親中に変換させようと躍起となっている。武器、装備の供与、大統領専用機の提供に加えてアフリカやカンボジア、ラオスを「籠絡」させている中国の得意技である「経済援助」まで持ち出して一気にフィリピンを引き込もうとしているのだ。

その結果、中国の劉振民外務次官をして「中国とフィリピンの関係は今転換点にある」(9月13日に訪中したフィリピン外交関係者に対して)とまで言わしめるまでになっているのだ。

その2に続く。)


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."