比大統領、六中全会直前の訪中 面子と実利のせめぎあい
大塚智彦(Pan Asia News 記者)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
暴言、失言でお騒がせのフィリピンのドゥテルテ大統領が18日から21日まで中国を公式訪問する。東南アジア諸国連合(ASEAN)域外の国への訪問は中国が初めてとなる。中国は24日から27日まで中国共産党の党中央委員会第6回全体会議(6中全会)を控えており、直前のこの時期に外国首脳の訪問を受け入れるのは異例のことだという。
それだけに中国のドゥテルテ大統領のフィリピンに対する特段の配慮がうかがえ、習近平国家主席ら中国政府がいかに2国間関係を重視しているかが浮き彫りとなっている。
そもそもASEAN域外への初外遊としてドゥテルテ大統領は日本訪問を予定していた(訪日は25日から)。ところが中国政府の「日本より先に訪中実現を」との意向を受けた駐フィリピン趙鑑華・中国大使がフィリピン政府に強力に働きかけた結果、訪日前の訪中が決まった。中国側はこれを「外交的勝利」として、6中全会直前にもかかわらず最大級のもてなしで迎える予定だ。
フィリピン側もこうした中国側の「熱烈歓迎ムード」に応えるためドゥテルテ大統領に同行する経済界代表メンバーを当初の約20人から250人に拡大、経済ミッション団を派遣することになった。
■中国がフィリピンに期待すること
フィリピンはアキノ前政権が親米路線を引き継ぎ、領有権問題で対立する中国をオランダ・ハーグの仲裁裁判所に提訴するなど中国との対決姿勢を鮮明にしていた。
ところが6月30日に国民の圧倒的に支持を得て当選、就任したドゥテルテ大統領は、7月12日の仲裁裁判所の「中国の主張を退ける」との裁定を受けても対中国で強気の姿勢を示すことには慎重だった。これによって、裁定を「紙屑で意味がない」「領有権問題は2国間で話し合う」と無視する中国政府は「ドゥテルテ大統領のフィリピンとは交渉の余地が十分ある」との感触を得た。
そして、ラオスで7月下旬に開催されたASEAN関係会議などで南シナ海問題が主要議題になったり、中国批判の声が高まることを回避することに全力を注ぎながら、カギとなるフィリピン政府に秋波を送り続けてきた。
ドゥテルテ大統領が国際的批判を浴びながらも続けている麻薬犯罪容疑者への射殺を含む強硬手段に対しても、中国政府は表立った支持は避けながらも、「麻薬中毒患者の更生施設」建設の資金援助というフィリピン側の要求を受け入れるなど協力姿勢を示している。
中国政府は訪中するフィリピン側に対し、経済援助という「お土産」を用意しているとされ、それでフィリピン側の「南シナ海領有権」問題での対応で「妥協は無理だとしても最低限現状維持の追認か静観」を狙っているとされる。
■面子を立てて実利取るフィリピン
中国はアフリカ外交で繰り広げている「経済・財政支援による援助外交」でフィリピンも「抱き込める」と計算している節がある。しかし、ドゥテルテ大統領も国民の高い支持と国際社会の批判を「ものともしない」強力な個性と信念を背景に「中国の言いなり」にはならない覚悟を腹の中では決めているといわれている。
訪中を前にドゥテルテ大統領は20日に予定される習主席との首脳会談では「南シナ海問題には触れずにおく」として波風を立てない方針を示していた。
しかし、10月16日になってドゥテルテ大統領は「我々の主張を押し通し、取引はしない」とその強気の姿勢を鮮明にしたのだった。これは中国に対し「経済援助などもらうものはしっかりもらいますが、譲れないものは譲りませんよ」とのシグナルであり、国民に対しては「中国の言いなりにはならない、心配するな」というメッセージだった。
中国が重んじる「面子」を立てて日本より先に中国訪問を受け入れ、経済大ミッションを引き連れて中国に乗り込むドゥテルテ大統領。フィリピン側を歓迎して「大盤振る舞い」で自陣へ引き込もうと躍起の中国。その中国から「できるだけ援助や支援を引き出そう」と実利を得ることを最優先するフィリピン。首脳会談をはじめとするあらゆる場面で両国による綱引き、駆け引きが展開されることも予想されている。
■老練な中国としたたかなフィリピン
「領有権でフィリピンが現状維持あるいは静観を決め込んでくれれば中国としてはこの時期に訪中を受け入れた成果となる」と中国ウォッチャーは指摘する。その成果を上げるためにも「経済支援、援助は惜しまない」とする中国に対し、「(南シナ海問題で)現状維持でも静観でも、とにかく経済支援・援助でもらえるものを可能な限りもらえればそれはフィリピンにとって具体的な目に見える成果となり、ドゥテルテ大統領への国民の評価はさらに揺るぎなくなるだろう」(フィリピン英字紙記者)という見方が有力だ。
中国側は、ドゥテルテ大統領の訪中直後に習主席が自らの権力基盤を確固とする重要な会議と位置付ける6中全会を控えているだけにフィリピン問題で波風は立てられない。
それも承知の上で帰国後にドゥテルテ大統領が南シナ海問題で得意の前言翻し、訂正、修正で応じる可能性も否定できない。それを「外交上の非常識」と断じるか、「したたかさ」と唸るか、老練な中国すら手玉に取るかもしれないドゥテルテ大統領の言動、一挙手一投足からやはり目が離せない。
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。