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.経済  投稿日:2016/10/22

『日本解凍法案大綱――同族会社の少数株、買います!』1章 同族・非上場会社の少数株 その1


牛島信(弁護士)

「忙しいところを急に済まなかったな。

非上場会社の株を買ってくれって頼まれたんだ。同族会社なのさ。

いや、ごくわずかだ。10%もない。少数株っていうのかな。経営とは何の関係もない。

でも、一応はオマエに相談しておいたほうがいいと思ってね。

よくわからないことだから、なんとなく不安なんだ」

高野敬夫は大木弁護士にそう切り出した。

永田町にある大木忠弁護士の事務所だった。4人用の小さな会議室のテーブルに向かい合ってすわっている。淡い生成りのオーク材のテーブルのうえにおかれた紅茶茶碗からうっすらと湯気が二筋たちのぼっていた。

窓に向かって座った大木が、天井を見上げるとすぐに顔を戻しながら高野に問いかけた。深緑色の革におおわれた回転式の椅子を小刻みに左右に揺らしている。

「非上場?上場していないっていう、あの非上場のことか?」

高野敬夫はゴルフ場やビルなどいくつもの不動産を持って、その上がりで暮らしている。おりいっての相談があるからとその日の朝に電話をかけてきて、午後1番で大木の事務所を訪ねてきたのだった。そういう仲だった。高校生だったときからの友人なのだ。

「ああ、そうだ。その非上場だ」

「なんでそんな株を? 

ははあ、相続がらみだな」

大木弁護士は、謎解きでもするように問いかけた。視線は目の前の高野の向こう、ガラス窓の外に移っている。窓の外はキャピトル東急ホテルの壁だった。

株式市場に上場されていない会社は非上場会社と呼ばれる。日本の会社の99.4%は上場していない。

「非上場の株っての売れないし、買えないんだ。

ふつうの株、上場している株のことだが、そいつに慣れているととんでもない目に遭うことがある

非上場の株ってのは恐ろしいぞ。とんでもない疫病神になることがある」

のっけからの大木の高い調子の言葉に、高野は身を乗り出した。大木が続ける。

「こんな裁判があったことがある。

非上場の会社の株の値段てのはおかしな世界なんだな。同じ株がいくつもの値段に化ける。465万と思った株が実は1億6000万て世界だ。34倍ということだ。

税金が問題だ。265万の相続税のつもりが1億も取られてしまった気の毒な男がいたんだ。

いや、なんともあわれな話だよ。もちろん同族会社だ。

思いもかけない額の相続税を税務署にかけられたその男は、敢然と裁判で争った。男はどうしても税務署の考えに納得がいかなかったんだな。そうなると日本では裁判を始めるしかない」

「税務署相手に裁判なんかしたって、負けるに決まってんだろう?」

「いや、そうでもないさ。最近では1400億の税金の裁判で税務署に勝った外資系の会社もある。

もっとも、この気の毒な男は最高裁まで行ったんだが、負けた。日本には最高裁の上はない。完全に終わりってことだ。平成11年のことだから、そんなに昔でもない」

「ほう、いったい全体どういうことなんだい?」

高野の問いに大木が座りなおした。長い話をはじめるときの大木の癖だった。高野は椅子の背もたれにゆったりと上半身を預け、黙って大木の話を聞くことにした。

「大日本除虫菊って会社の株をほんの少し相続したばっかりに、1億もの税金を取られてしまったという、嘘のような本当の話だ」

「え、大日本除虫菊って、あの蚊取り線香の金鳥か」

高野が驚いて声をあげると、大木は話の腰を折られたとでもいうように、

「ああ、その金鳥だが、それがどうかしたのか?」

とぶっきらぼうな調子で答える。

「いや、あのキンチョーかと思うと親近感が湧いてね」

「くだらないことを言うなよ。

税金の話だ。会社がどこかなんてどうでもいいことだ。たまたま蚊取り線香を売っている同族会社の株主に相続があって、悲劇的な結果になったというだけのことだ。会社の商売の中味とはなんの関係もない」

「そりゃそうだが」

「そういうことだ」

大木は話を中断されたことが気に入らない様子だった。高野は少しもへこたれない。いつも大木とのやりとりはそうなのだ。

「でも、1億の税金だなんて、その株、ほんとうはけっこうな価値があったんじゃないのか。たとえば、毎年の利益がすごいとか、含みのある不動産をたくさん持っていたとか」

「オマエらしくもないな。上場してない同族会社の話だぞ。会社が儲かっていたって株主には関係ない。会社が不動産をもっていたからって、たった5%の株主にどんな権利があるっていうんだ」

「ま、そりゃそうだな。

でも、やっぱり配当が高かったんじゃないのか?」

「違うね。だいいち、いくら配当が高くたってそれだけで1億なんて評価になったりはしない。

とにかく、相続したご本人は256万の税金で済むと思っていた。9300株に対して年に46万5000円ぽっきりの配当だったからな。465万の価値の株だと思ったってことだ。

それが税務署から1億の相続税を払えって言われた。1億6000万の価値があるから、税金は1億だという計算だ。平成2年の話だから、相続税の税率は今より高かった。男には他にも相続したものがあったから、65%という高い税率で税金がかかってきたんだな。 

税金は払わなければ、向こうから無理やりに取りに来る。自分が住んでいる家を競売されるのが嫌なら、自ら売ってでも納めるしかない」

「えーっ。自宅を売り払ってまでってか」

 

その2に続く。毎週土曜日11:00掲載予定)

 

 


この記事を書いた人
牛島信弁護士

1949年:宮崎県生まれ東京大学法学部卒業後、検事(東京地方検察庁他)を経て 弁護士(都内渉外法律事務所にて外資関係を中心とするビジネス・ロー業務に従事) 1985年~:牛島法律事務所開設 2002年9月:牛島総合法律事務所に名称変更、現在、同事務所代表弁護士、弁護士・外国弁護士56名(内2名が外国弁護士)


〈専門分野〉企業合併・買収、親子上場の解消、少数株主(非上場会社を含む)一般企業法務、会社・代表訴訟、ガバナンス(企業統治)、コンプライアンス、保険、知的財産関係等。


牛島総合法律事務所 URL: https://www.ushijima-law.gr.jp/


「少数株主」 https://www.gentosha.co.jp/book/b12134.html



 

牛島信

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