「一帯一路」協力は日本の安全保障の利益
文谷数重(軍事専門誌ライター)
【まとめ】
・日本はAIIBに参画し「一帯一路」に影響力を及ぼすべき。
・中国が中央アジア支配を進めるとロシアとの摩擦を引き起す。それは日本にとってメリットとなりうる。
・中国から天然ガスを買ったり、鉄道に投資したりすることでそれは可能となる。
■日本がAIIBに参画すべき理由
一帯一路への協力により中露を衝突させられるのではないか?
14,15日、北京で「一帯一路サミット」が開催された。これは中国が唱導する経済圏構想である。一帯は中国から中央アジアを経由して欧州に向かうシルクロード経済圏である。一路はマラッカからインド洋を経由し欧州、アフリカに至る海のシルクロード経済圏を指す。
中国はその膨大な資金需要を賄うためAIIB、アジアインフラ投資銀行を作った。日米は冷淡であったものの加盟国・地域は多く、今回加入した分を足すと77に及んだ。中国の政治・経済的存在感を示すものとなった。
日本はこの一帯一路、AIIBに対しどのような立場を取るべきだろうか?
今の冷淡な態度を改めて参加すべきだ。
なぜなら、それにより一帯一路やAIIBに影響力を及ぼせるからだ。まず、投資や開発のうち日本にとって不都合な部分を調整できる。また、それによって得られた市場への参入機会も得られる。そして一帯一路経済圏の中国従属化に多少のブレーキをきかせ、日本の経済・文化的影響力を入り込ませる余地を残すことができる。
それ以外にも安全保障での利益も期待できる。中央アジアにおいて中国影響力が拡大すればロシアとの摩擦・緊張が生まれ、うまくすれば衝突にも発展するだろう。※
以下、その大概を説明する。
■中国の矛先を逸らすことができる
「一帯一路」は日本にとって悪い話ではない。中国が一帯の開発つまり中央アジアへの政治・経済的支配を進めればロシアとの摩擦も引き起こされるためだ。
ロシアは中央アジアの中国圏化に耐えられない。20年前のソ連崩壊まで自国領域であった土地であり領土喪失感を引き起こすためだ。ウクライナの西側化を許容できなかったように中央アジアでも介入を試みる。
つまり、ロシアとの摩擦により中国は中央アジアに足を取られるのである。
それは日本安全保障にとって利益となる。中国の進出方向がより西向きとなる。日本にとってどうでもよい中央アジアに中国の外交・軍事パワーが吸い取られる。その分、東シナ海や太平洋への圧力が減少するのである。
うまく中露衝突となれば中国は対日関係の調整にも転ずるかもしれない。これには60年代の中ソ対立、伊犁での伊塔事件や黒竜江での珍宝島事件により日中関係が一挙好転した前例がある。中国は対日強硬態度から賠償抜きの平和条約まで一挙に軟化したのだ。
■天然ガスを買う
具体的にはどうすればよいか?
日本が中国から天然ガスを買うことだ。それで政治的な力が強いエネルギー関連企業を強気にし、今以上の中央アジア進出を促進させられる。
中国は中央アジア開発として大量の天然ガスの輸入を進めている。「西気東輸」といわれる政策であり、それまでロシアにタダ同然で買い叩かれていたトルクメニスタンの天然ガスを中亜気管道−西気東輸パイプラインで運んでいる。
そのガスはダブつく見込みにある。国境のコルガスから上海、広州までを連結する西気東輸パイプラインは5線計画され現在は3線まで完成している。だが最後の4・5線は必要性に疑問を抱かれていたものだ。さらに需要家向けの価格はやや厳しいといった話もある。中国の省エネ技術進歩や将来の産業構造変化からすれば、天然ガスは余る。
日本はそれを買い取るだけでよい。ガスの引取りと価格支払いにより中国の天然ガス開発を支えれば、中央アジアへの経済進出を頓挫させず順調に進めるだろう。ガスとしてはやや高いかもしれないが、それで中央アジアを泥沼化できる可能性があれば悪い話ではない。
■鉄道に投資する
また鉄道への投資でもよい。改軌によりロシアを刺激できるからだ。
一帯開発には中国・欧州間の鉄道網整備も含まれている。これはチャイナ・ランドブリッジと呼ばれる鉄道輸送である。港湾までの距離が遠い地域では常用されており、欧州向け高速輸送では日韓台を含めて活用されている。
このチャイナ・ランド・ブリッジには一つの欠点がある。それは中央アジアでのロシア・ゲージ(1530mm)区間出入に際して貨物積替が必要とされる点だ。これは相当のコスト増加だ。
日本は「それを改善するため」として改軌に投資してもよい。既存線路を中国・欧州の標準軌(1435mm)に改めることで、ロシア政府やロシア人に影響圏喪失を印象付けられるだろう。
これはどうやってもよい。AIIBに入りその内側から主張しても良いし、中国の事業に円借款や民間投資の政府保証でくっつく形でもよい。円借款であれば中国は面子にかけても返済する。中国の対日支払いは今まで滞っていない。
あるいは、表面上は日本単独の中央アジア経済協力としてもよい。日本が推奨し投資を表明すれば中央アジア各国や中国はそれなりに後押しされる。それによりロシアの不興への警戒感を削ぐ程度はできる。
※「一帯一路」への投資による中国脅威の転嫁に関しては筆者記事を参照して頂けると幸いである。
文谷数重「脅威の矛先を海洋から内陸へ」『軍事研究』(ジャパン・ミリタリー・レビュー,2016.12)pp.96-107.
トップ画像:Hong Kong Qatar Locator.png by Xxjkingdom
あわせて読みたい
この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター
1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。