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.国際  投稿日:2023/7/7

中国、「親ロ」からシフト「対外関係法」を制定


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

 

【まとめ】

・中ロ間の同盟関係が揺らいでいる可能性あり。

中国、米の制裁に報復する「対外関係法」制定。

・しかし「戦狼外交」で経済的苦境に。

 

すでに旧聞に属すが、今年(2023年)4月21日、盧沙野駐仏大使(当時)がフランスのテレビ番組に出演(a)した。その際、盧大使は「クリミア半島を国際法上ウクライナの一部と考えているのか」という質問を受けた。

盧大使は(クリミアにとどまらず、ウクライナをはじめとする)「旧ソ連諸国は、主権国家としての地位を具体化する国際協定がないため、我々が言うように、国際法の下で有効な地位を持たない」と述べ、物議を醸している。

この盧沙野発言は、習近平政権下で推進されている「戦狼外交」の典型ではないだろうか(6月に盧大使は更迭?された)。

ところが、その2ヶ月後の6月27日、傅聡EU駐在大使は「ウクライナが目下、ロシアに占領されている地域を回復するという目標を支持するか」という質問に対し、次のように述べた。

同大使は、ウクライナが「2014年ロシアに併合されたクリミア半島を含めて1991年に設定されたすべての領土を回復することを支持する」(b)と中東アルジャジーラ放送が伝えた。これは、中国外交の“掌返し”ではないか(ただ、どちらが北京の本音か不明)。

また、傅大使は、「中国はすべての国の領土保全を尊重している。中国が旧ソビエト諸国と国交を樹立したとき、我々はそう主張した。しかし、これらはロシアとウクライナが話し合って解決すべき歴史問題であり、それが我々の立場だ」とも指摘した。

今まで、中国共産党はロシア・ウクライナ戦争を始めたロシアの行動を公に非難したことはない。また、2014年にウクライナのクリミア住民投票に関して米国が国連へ提出した決議案への投票を棄権(c)している。

毛寧外交部報道官は傅聡発言を支持(b)し、習近平政権はこの見解を再度強調した。もし、これが中国の本音ならば、中ロ間の同盟関係が揺らいでいる可能性を排除できないだろう。

中国とロシアの“包括的・戦略的パートナーシップ”の新時代は、EUと北京との関係を冷え込ませ、ポーランドを含む一部のEU加盟国は対中制裁を支持し、経済的依存を減らしている。

EU委員会は6月初めに中国企業のファーウェイ(華為技術)とZTE(中興通訊を5Gネットワーク構築から除外した。また、6月後半、欧州連合は、ロシアを支持する中国企業に対する最新制裁措置を発表している。

現在、ロシアが今般のウクライナ戦争で徐々に後退している観がある。そこで、北京はモスクワとのパートナーシップを見直す公算もあるだろう。というのは、もしかすると、近い将来、プーチン大統領が退陣する可能性も考えられる。習政権が過度に「プーチン寄り」になってEUを怒らせるのは、外交的に得策ではないだろう。

ただし、習主席が今、プーチン大統領を中途半端に見捨てようとすれば、大統領に大いなる怒りを買う。そして、中国は”国際版プリゴジン”となったプーチン大統領から報復される恐れがないとも限らない。

ところで、7月1日、中国では改正「反スパイ法」が施行された。世界の目はこれに注がれている。だが、同日から施行された包括的な「対外関係法」(d)の方が重要かもしれない。

同法は、習近平政権が長年蓄積してきた外交原則・措置を合法化・規範化したもので、党指導部の対外工作を法的に強調している。習主席が提唱する「戦狼外交」を法律で確立したとも言えよう。

具体的には、中国の国家安全保障、並びに、米国「ロングアーム法」(被告が当該州に所在していない場合であっても、被告がその州に最小限度の関連がある場合、当該州の裁判所に裁判管轄が認められる法律)に対抗することを目的としている。北京は国内法を用いて他国による制裁に報復しようとしているのではないか。

つまり、習政権は、米国による特定の分野で中国に課されているハイテク製品や設備に対する禁輸措置への“対抗措置”を強化したのである。

実は、北京は、台湾に武器を販売する米国企業などに対して、すでに報復制裁を行っている。新法の制定はこのような措置にさらなる法的裏付けを与えるだろう。他方、中国共産党の外交政策に対する習主席の個人的コントロールを反映したものに違いない。

習政権が発足以来、中国外交はその経済力を頼りに、「一帯一路」構想で政治的、経済的、軍事的影響力を世界に拡大し、「戦狼外交」を強力に推進してきた。だが、そのため西側諸国に包囲され、経済的苦境に立たされている。

〔注〕

(a)『中国瞭望』

盧沙野、中国共産党の主権の考え方を明らかにし、マクロンを平手打ちにする」

(2023年4月24日付)

(https://news.creaders.net/china/2023/04/24/2601008.html)。

(b)『万維ビデオ』

「裏切りだ! 毛寧はなぜ傅聡のこの言葉を裏書きしたのか?」

(2023年6月29日付)

(https://video.creaders.net/2023/06/29/2621497.html)。

(c)『中国瞭望』

「突然の風向きの変化! 北京が珍しく口が緩む」

(2023年6月27日付)

(https://news.creaders.net/china/2023/06/27/2621119.html)。

(d)『万維ビデオ』

「前例がない、習家軍はこれを『最後までやり続ける』つもりだ」

(2023年6月29日付)

(https://video.creaders.net/2023/06/29/2621695.html)。

トップ写真:大クレムリン宮殿での調印式で握手する習近平国家主席とウラジーミル・プーチン大統領(2023年3月21日、ロシア・モスクワ)

出典:Photo by Contributor/Getty Images 

 




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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