「一帯一路」に協力すべきわけ
文谷数重(軍事専門誌ライター)
【まとめ】
・日本は一帯一路への敵対をやめ、中央アジア開発に協力すべき。
・中国の中央アジア支配は日本の安全保障の利益となる。
・中国の対日圧力を緩和し進出方向を変え過度な対立の緩和を期待。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイト https://japan-indepth.jp/?p=41868 でお読み下さい。】
中国は一帯一路に力を注いでいる。高度成長が終わり経済施策として新市場の開拓が必要となったためだ。中央アジアやインド洋沿岸国への投資によりインフラ輸出を振興し同時に新市場を開拓しようとしている。その優先度は中央アジアにある。中国にとっては天然ガスと石油の確保、欧州との鉄道連絡も期待されている。
日本はこの中央アジア開発に協力すべきである。従来の一帯一路への敵対をやめ投資ほかで協力すべきだ。日本の安全保障環境を改善できるためだ。一帯開発により中国の中央アジア支配は日本にとっての利益となる。第一は中国をロシア、インドとの対立に追いやれること。第二は中国の進出方向を内陸に変化させること。第三は中国との過度の対立を緩和できるとだ。
図)中央アジア開発 作図)文谷数重
■ 中国の中央アジア支配は日本安全保障の利益
日本にとって中国の中央アジア支配は好ましい。
第一の利益は中国とロシア、インドの対立をもたらすことだ。そしてこれは中国の対日圧力の緩和につながる。
中国は一帯一路により中央アジアへの影響力を増している。天然ガス生産ではすでに最大の輸出先となっている。中国は中亜気道管-西気東輸と呼ばれる複数並行のパイプラインが敷設し中央アジアから上海、広州を結んでいる。中央アジアも乗り気だ。以前はロシアに買い叩かれていた。それを国際価格で輸出できるのだ。
また中央アジアでの鉄道建設も計画している。一帯一路ではCPEC(China-Pakistan Economic Corridor)が有名だ。これは中国から山岳地帯を抜けてパキスタンに向かう道路建設である。だが本命は中央アジア経由の欧州向け鉄道建設だ。特にカスピ海南回り、北回りの欧州向け輸送である。ロシアを経由しない。つまり標準軌で中国と欧州を結ぶためコンテナ積み替えが不要となる。中国は乗り気である。
図)中央アジア鉄道建設 作図)文谷数重
この中国存在感の拡大はロシアとインドを刺激する。両国にとって中央アジアは自国勢力圏といった感覚を持つためだ。
ロシアは中央アジアを一種の自国領と考えている。ウクライナやベラルーシと同じ感覚だ。このため外国の影響力増大を望まない。各国が旧ソ連ブロックから逸脱すると認識した場合、必要あれば介入も考慮する。例えば鉄道を1520ミリのロシアゲージから1435ミリの標準軌に改める状況である。
写真)2017年5月14日の一帯一路フォーラムでの円卓会議後の中露両首脳
インドも同じだ。宿敵パキスタンと中国の鉄道直結は脅威である。また中央アジアに自国権益があるとも考えている。歴史的にみればつい最近まで新疆、西蔵も含めてインド影響圏であった。例えば戦前には新疆は英領インド商圏でありインド人巡査がいた。中国の中央アジア支配はインドにとっても影響圏の蚕食に見えるのだ。
この点で中国の中央アジア支配は日本にとっての利益となる。なぜなら中露、中印対立は好都合だからだ。ロシアやインドと対立した中国は日本に強気には出られず譲歩ベースに後退するからだ。
■ 進出方向が内陸方面にシフトする
第二の利益は中国の進出方向を変えられる点だ。
日本にとって中国の脅威は海洋進出の脅威である。中国が日本より強力な海軍を作った。それが南シナ海に加え太平洋方面にも指向されている。それが日本の不安を掻き立てている。
一帯一路への協力はこれも改善する。一帯への協力は中国のユーラシア内陸進出を促進する。また一路援助も中国のインド洋進出を助ける。そして、その分中国の東シナ海、太平洋方面への進出努力は減らせる。
また、中国軍事力の構成を変えられるかもしれない。中国が中央アジアの自国権益を重視した場合は軍事力整備の力点も変化する。従来の陸軍縮小から更新強化に転じる可能性は大きい。当然ながら海軍力建設はその分減少する。
これも日本にとっては好都合である。日本にとって計画すべき中国軍事力は海軍力だけだ。それ以外はどうでもよい。中国が再び300万人400万人の巨大な陸軍を作ろうが日本にとっては全く脅威ではない。それで中国潜水艦や外洋哨戒機が5隻10機でも減ればそちらのほうよい。
■ 日中の国内世論を抑制できる
第三の利益は中国との過度な対立を緩和できる点だ。
開発協力は日中間にある過度の対立を軟化させる。
まずは政治・経済局面での協力関係を再確認する契機となる。安全保障、軍事で対立していても経済では協力できる。そのような以前の認識に立ち戻らせる。そのような効果を日中双方に期待できる。
また、中央アジアでの中国包囲網の放棄を無難に伝達できる。
日本の中央アジア外交は失敗した。15年に安倍首相は各国を訪問し「中国の中央アジア進出に対抗する」ために3兆円の援助を約束した。森薫による『乙嫁語り』タッチのイラストを取り付けた政府専用機を飛ばした件だ。だが現実的な効果は何も産まず中国との対立だけを強調する結果に終わった。
写真)2015年、中央アジアのウズベキスタンを訪問した際に、カリモフ大統領と握手する安倍総理大臣
出典)内閣広報室、外務省HP
中央アジアでの協力はその失敗・軋轢を取り消す効果を持つ。国内外に特に何も明言せずに「中国との外交的敵対の一部を取り下げた」と示せるためだ。
いずれにせよ現状は無駄に中国の反発を買っている。安全保障での対立はアメリカ、オーストラリア、インド、アセアン海洋国と同様である。だが日本の対中対峙は突出して強硬である。そのため中国の反発も一手に引き受けている。
中央アジアでの協力はその不利から脱却する契機となる。対中対峙の水準を各国横並び、あるいは一歩下げられれば中国の矛先は変わる。うまくすれば対立を米国やインドに肩代わりさせられる。
もちろん日中は蜜月関係には戻らない。だが、過度な中国との対立といった無駄の緩和に寄与する効果も生む。これも一帯一路への協力のメリットである。
TOP画像:一帯一路国際協力サミットフォーラム 2017年5月14日
あわせて読みたい
この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター
1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。