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.国際  投稿日:2017/6/7

ドゥテルテ氏、共産勢力と共闘?


大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・フィリピンミンダナオ島でイスラム過激派掃討、戒厳令続く。

・大統領、他のイスラム武装組織や共産勢力に共闘呼びかけ。

・背景は戦闘早期終結のための“苦肉の策”

 

■ミンダナオ島の戒厳令続く

フィリピン南部ミンダナオ島で5月23日の戒厳令布告以来続く本格的な戦闘について、ドゥテルテ大統領は27日に訪問先のホロ島にある陸軍基地で「他のイスラム武装組織や共産党武装勢力などが協力するなら、国軍と同等に扱い、ともに対テロリストと戦おう」と述べた。

これは現在ミンダナオ島西部南ラナオ州マラウィ市を5月23日以来占拠、戒厳令下で国軍と戦闘状態になっているイスラム過激組織「アブサヤフ」、「マウテグループ」の掃討別のイスラム武装組織、さらに共産党勢力までも巻き込んで「挙国一致」の作戦という形を取ることを提案したのだ。提案の実効性がどこまで現実的なものなのかは疑問が残り「またドゥテルテ大統領の単なる思いつきに過ぎないのではないか」との見方も出る中、地元マスコミなどは「それほど中東のテロ組織のフィリピン浸透が深刻化している表れ」との観測も強まっている。

テロ組織「イスラム国(IS)」と連携し、その信奉者が集まっているとされる「アブサヤフ」「マウテグループ」はフィリピン南部にISの東南アジアの拠点作りを画策しているとされる。マラウィの戦闘で死亡した過激組織の戦闘員にマレーシア人、インドネシア人、シンガポール人が含まれていたことがそれを物語っている。

つまり中東のシリアやイラクなどISが活動する地域への渡航を断念したIS信奉者東南アジアでのテロ活動を目指す一派がフィリピンに渡って「アブサヤフ」などに合流、戦闘に参加しているというのだ。

 

■大統領、イスラム組織・共産党組織にも打診

ドゥテルテ大統領は同じミンダナオ島を拠点とし、反政府武装活動を続けるイスラム過激派の「モロ民族解放戦線(MNLF)」とその分派である「モロ・イスラム解放戦線(MILF)」に加えて、フィリピン共産党軍事組織「新人民軍(NPA)」に対しても政府軍との戦闘の中断と、国軍によるIS勢力一掃作戦への参加を呼びかけた。地元記者も「MNLFやMILFはミンダナオ島が主な活動拠点で同じイスラム過激組織という共通点もあり、国軍に取り込む利点はあるだろう」と分析する。

呼びかけに応じて戦闘に参加する場合は「国軍兵士として雇用し兵士と同等の給与、待遇そして住居も用意する」という好条件を提示している。大統領は「これはMNLFの創始者のヌル・ミスアリ指導者から届いた文書で、マラウィでMNLFの戦士とともに戦おうと呼びかけられたからである」としている。その事実関係は不明だが、これまでのところ共闘を呼びかけられた組織のいずれからも打診への回答は来ていないという。

マラウィ市は30日で戒厳令布告から1週間を迎えたが、現地からは「国軍が市内を掌握しつつあり戦闘終結は近い」とするものから、「市内主要地点では市民やキリスト教関係者を人間の盾、人質にとったマウテグループらとの戦闘が続いている」とするものまで各種情報が入り乱れている。少なくとも政府軍による作戦が順調に進み「鎮圧が間近」であるなら「共産勢力まで国軍との共闘を呼びかけないだろう」といわれている。

マラウィ市内では28日は殺害されたとみられる市民8人の遺体が発見された。いずれも手を後ろで縛られ頭部を撃たれていることから武装組織による「処刑」の可能性が高いという。国軍兵士、警察官、武装組織そして市民の死者はこれまでに100人に上っている

 

■反政府勢力との和平合意の努力

ドゥテルテ大統領は2016年6月の大統領就任直後からフィリピン各地で政府軍と戦闘を続ける反政府武装勢力に対し「停戦と和平合意」を掲げて交渉に臨んできた。しかし「アブサヤフ」は当初から交渉のテーブルにはつこうとせず、外国人拉致、身代金要求、殺害、治安部隊への攻撃、銃撃を続けてきた。

一方のNPAも一度は停戦和平で政府側と合意したものの、拘束中のNPAメンバーの釈放交渉で決裂、今回の戒厳令発布に際しては「各地で政府軍との戦闘に備えよ」との指令まで出すなど緊張関係にあった。

そうした中でのドゥテルテ大統領の「共闘打診」は唐突の感を否めないが、ISの影響力の徹底的排除は急務であり、またそれは国際社会が進める「テロとの戦い」に叶うものである、という理由の他に:

①膠着状態にあるとも言われる戦闘の早期終結

②反政府武装組織と共闘することで今後の和平交渉の進展

などのフィリピン国内の事情と思惑がドゥテルテ大統領の心中にはあるものとみられている。

フィリピン議会では5月27日にドゥテルテ大統領が「警察と軍が国内は安全というまで戒厳令は続く、他の声は聞かない」と発言したことが最高裁や国会などを無視する発言だとして強い反発が高まっている。フィリピンでは戒厳令布告後に最高裁や議会がその可否を審議する規定があるが、これを無視することは「独裁政治だ」というのだ。

こうした批判を交わすためにもドゥテルテ大統領には一日も早い事態打開、戦闘終結が求められており、「NPAを含めた勢力への共闘打診」は“苦肉の策”なのかもしれない。


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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