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.国際  投稿日:2017/12/26

変らぬ朝日社説の「思慮不足と独善」


                 

古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

 

【まとめ】

・トランプ米大統領が「国家安全保障戦略」を発表した。

・同戦略は中ロの軍拡を非難、米と同盟国の軍事力増強の必要性を強調している。

・朝日新聞社説は同戦略を「相も変わらぬ思慮不足と独善と批判するが、中ロの行動が原因であることには触れない。

 

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アメリカのトランプ大統領が12月18日に「国家安全保障戦略」を発表した。その内容は中国とロシアがアメリカ主導の国際秩序を軍事力を背景に崩そうとするのに対し、アメリカも「力による平和」の原則で抑止するという骨子だった。アメリカ国内では与党の共和党はもちろん民主党側でもわりに好評の新政策発表だった。

ところが朝日新聞は12日20日付の社説(リンクはWeb版)でこのトランプ政権の新戦略を即座に「相も変わらぬ思慮不足と独善である」と一刀両断に排除した。社説の見出しには「『力の平和』の危うさ」とあった。私はこの朝日新聞の社説こそ「相も変わらぬ思慮不足と独善」だと感じた。以下、その理由を述べよう。

トランプ大統領の公表した「国家安全保障戦略(以下、同戦略と略)」は次のような支柱から成っていた。

・中国とロシアはアメリカ主導で築かれてきた戦後の国際秩序を根本から変革しようと意図して軍事力を強化し、ロシアはすでにウクライナのクリミア地方を奪取し、中国は南シナ海で一方的に領土を拡大し、軍事基地化した。

プーチン大統領スピーチ

写真)クリミアとセヴァストポリのロシアとの統一1周年を祝うコンサートでスピーチするプーチン露大統領 2015年3月18日 出典)ロシア大統領府

中国とロシアは自国の権益の膨張のために軍事力をテコにして他の諸国の主権や領土を侵害している。この動きはアメリカの利益や価値観をも大きく傷つける。インド・太平洋地域ではとくに中国の軍事拡張による他国の主権侵害が顕著である。

南沙諸島

写真)中国が軍事基地化を進める南沙諸島 スビ礁 2015年 出典)United States Navy

・中国は全世界でもアメリカに次ぐ第二の軍事強国となり、その軍事力を自国の覇権の拡大に使っている。核兵器も増強し、多様化している。ロシアもアメリカの世界への影響力の削減を進め、アメリカと同盟諸国との分断を図っている。

・アメリカはこうした中国とロシアの野望を抑えるために軍事的優位に立たねばならず、大規模な戦争への準備も進める必要がある。日本などアメリカの同盟諸国も自国の主権と独立を守るために軍事力を強くしなければならない。

・アメリカは過去数十年、中国の台頭と既成の国際秩序への参加を支援すれば、中国を自由化できるという考え方に基礎をおいてきた。だが中国はその期待とは正反対に他の諸国の主権を侵害するという方法で自国のパワーを拡大してきた。

以上のような同戦略に対して朝日新聞の同社説は冒頭でまず全体を次のように総括していた。

ひたすら武力にものを言わせて米国最優先をうたい、経済的な損得に執拗(しつよう)にこだわる――。トランプ大統領のそんな考え方をくっきり映している≫

この「ひたすら武力にものを言わせて」という大前提は主客転倒である。アメリカがいま軍事力強化や抑止力増大という道を選ぶのは、中国とロシアの「ひたすらに武力にものを言わせる」行動があってこその反応なのである。

旧ソ連と現代のロシア、そして中国のまず武力ありきの侵略や膨張の活動実態をまったく伝えずに、非難することもせずに、アメリカ側の防御の対応だけを非難する、というのは年来の朝日新聞のパターンである。この社説もその特徴が顕著なのだ。

同社説は次のようにも述べる。

≪米国をおびやかす中国とロシアとの「競合」に勝つための、現実主義だという。その文面からぬぐえないのは、相も変わらぬ思慮不足と独善である。確かに近年の中ロには、既存の秩序に挑むような行動がめだつ。しかしだからといって、両国を国際的な協調枠組みに引き込む努力が「ほとんど誤りという結果に終わった」と切り捨てるのは短絡に過ぎる≫

同社説はアメリカの同戦略の原因となった中国とロシアの動向については上記のように「米国をおびやかす中国とロシアとの『競合』に勝つための」と記すだけだった。それ以外には「近年の中ロには、既存の秩序に挑むような行動が目立つ」と書くだけである。

同社説は中ロ両国が南シナ海や東シナ海で、そしてクリミアで、どれほどの軍事力の行使や威嚇をしてきたかをまったく伝えていない。とにかくアメリカだけがひとり相撲をしているように描くのだ。中国とロシアの武力にものを言わせる行動があるからこそ、この米側の戦略があるのだ。その因果関係をこの社説は隠したままなのである。

このスタンスの背後には朝日新聞の長年の「反米親中・親ソ連(ロシア」という傾向が影を広げている。この反米傾向は中国やロシアに優しいオバマ政権時代にはやや後退したが、現実派のトランプ大統領の登場となると、また先祖帰りふうの、アメリカの動きにはとにかく反対というパターンを復活させたようなのだ。

同社説はアメリカが「中ロ両国を国際的な協調枠組みに引き込む努力」をしていないから、するべきだと示唆する。だがアメリカの歴代政権はロシアに対しても西欧諸国と連帯して、クリミア侵攻を批判し、その行動を撤回させようとさんざんの努力を重ねてきた。

中国にはアメリカ歴代政権がまさに中国を国際的な協調枠組みの引き込もうという「関与政策」を全力で続けてきた。だがロシアも中国もそれに応じず、むしろ米側の協調への努力につけこむように軍事力を背景とする膨張を続けているのだ。だからこそトランプ政権の強固な対応が生まれたのだ。朝日新聞の社説はその「原因」に光をあてないのだ。

同社説はさらに同戦略が「核なき世界」を訴えないことや、地球温暖化防止のパリ協定に触れないことを非難する。中ロ両国の軍事的脅威によって危機が深まる目前の国際情勢に対して、当面は絶対に実現するメドのない「核なき世界」を訴えることも、いまの国際情勢には直接の関係のない地球温暖化の危険を訴えることも、非現実的である。むしろ目前の真実の脅威から目をそらすという点では危険な主張だともいえる。

そして同社説は次のように結んでいた。

≪米国であれ中ロであれ、どの国の繁栄も、世界の安定と発展の上にしかあり得ない。それが21世紀の現実だ。米国が力を結集する闘いに、同盟国は貢献せよと、安保戦略は求めている。しかし日本の役割は、「力の平和」に加担し、軍拡になびくことではない。軍事偏重が招く過ちの重大さ、国際協調の今日的な意義をしっかりと強く説くことである≫

同社説が上記の部分で記す「軍拡」「軍事偏重」というのは、みなアメリカの行動の否定的な描写である。中国やロシアが軍拡や軍事偏重の行動をとっているために、アメリカ側も日本も防御や抑止として軍事を重視せざるをえないのだという基本には決して触れない。そしていまの世界の平和や安定が軍事的な抑止力で守られているという現実をも無視して、「力の平和」を罪悪視する。

日本のささやかな防衛力の増強も「軍拡に加担」となる。朝日新聞のこの種の安保論議はいつも悪いのはアメリカや日本であるかのようなのだ。

同社説は「どの国の繁栄も、世界の安定と発展の上にしかあり得ない」として、その安定や発展を崩すのがトランプ政権だと批判する。だが中国やロシアこそがその安定や発展を崩そうとしている現実は、これまた都合よく無視しているのだ。だからこの社説にみる朝日新聞の主張は「相も変わらぬ思慮不足と独善」と描写するしかないのである。

トップ画像:トランプ米大統領 出典)U.S. Pacific Command Photo By:Joyce N. Boghosian


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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