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.国際  投稿日:2018/4/28

南北首脳会談が触れなかった「人権」


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視 」

【まとめ】

・南北首脳会談で「人権」の一言が語られることはなかった。

・北朝鮮は人権弾圧の国。日本人拉致問題、会談で言及なし。

・トランプ大統領が米朝会談で人権に言及するかどうか。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttp://japan-indepth.jp/?p=39662でお読み下さい。】

 

朝鮮半島の南北首脳会談が全世界に大きな波紋を広げた。4月27日の韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長との会談はまさに歴史的だったといえる。

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▲写真 会談する北朝鮮金正恩朝鮮労働党委員長と韓国文在寅大統領 出典 韓国大統領府

民族の和解や平和をうたい、非核化という目標さえも掲げたからだ。だがそこで交わされた両首脳の長い長い会話でも、その後に出された長文の「板門店宣言」でも、今後の朝鮮半島の国家、そして南北朝鮮の国民のあり方を決めるうえで不可欠の、超重要な言葉が一つ、欠落していた。

絶対に避けては通れない国家のあり方を示すこの言葉がどこにも見当たらなかったのだ。この点にも今回の南北首脳会談の限界や欠陥がちらついている。

朝鮮半島の南北両首脳はこれまでには想像もつかなかった友好や親善の言葉を交わした。ジェスチュアをも誇示した。それ自体はすばらしいことだろう。だが朝鮮民族の将来のあり方などを熱心に語るなかで、決して口にされることがなかったのは「人権」という一言だった。

まる一日を費やし、文字どおり千言万語を発信しながら、現代の国家や社会のあるべき姿を規定するのに最重要な人権という概念がただの一度も語られなかったのだ。これは驚くべきこと、恐るべきことである。

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▲写真 南北首脳会談 2018年4月27日 出典 韓国大統領府

北朝鮮は周知のように人権弾圧の国である。カルト的要素の強い世襲の独裁政権が強権支配をする。政権に対していささかでも批判を表明する国民は仮借なく摘発され、強制収容所へ送られる。そもそも国民のすべての家系を過去にさかのぼり、金政権への忠誠度により区分けする「階層」という差別が存在する。現代の民主主義の規範からすれば、とんでもない人権弾圧の国なのだ。

だが民主主義や人権を体現するはずの韓国の文在寅大統領はこれだけの時間や言語を費やしながら、公表された範囲でみる限り、ただの一度も「人権」を口にしていない。長文の板門店宣言も「平和」とか「和解」とか「繁栄」という朝鮮民族の今後のあり方をさんざんに論じているのに、「人権」の一語がないのである。

この事実はこの南北首脳会談で日本国民の悲願であり、究極の人権問題である日本人拉致事件への言及がなかったことをも説明できるだろう。明らかに独裁国家の独裁支配者の金正恩委員長にとって、人権は決して語りたくないテーマなのだ。文大統領もその点を承知して、言及を遠慮したのだろう。まして北朝鮮に拉致された日本国民の人権をこの朝鮮半島の南北両首脳が心をこめて語るはずがない。

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▲写真 拉致被害者家族と会う米トランプ大統領 2017年11月7日 出典 内閣官房広報室

だが朝鮮半島の将来を考えるうえでも、人権という概念は欠かせない。なぜなら、もし南北の統一があって、朝鮮半島に新たな統一国家が生まれるようなとき、その国家がどんな政治理念に立脚するのか、民主主義や人権尊重という普遍的な価値観の上に築かれる新国家となるのか、それとも人権は二の次、三の次の専制国家、弾圧国家となるのか。その分岐点は「人権」という概念なのだ。

今回の南北首脳会談の報道ではアメリカの一部のメディアや識者はこの人権という言葉の不在を指摘していた。今後予測されるアメリカのトランプ大統領と金正恩委員長との米朝首脳会談で、トランプ大統領が果たして人権に言及するかどうか、注視されるところである。

 トップ画像:南北境界線を越える北朝鮮金正恩朝鮮労働党委員長と韓国文在寅大統領 出典 韓国大統領府


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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