テロにおののくインドネシア
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大塚智彦(Pan Asia News 記者)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・インドネシア、2日間に5件爆発25人死亡。
・ジョコ大統領は国民に対しテロに屈しない強い団結を訴え。
・政治の年に高まるテロの恐怖と社会不安と緊張。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttp://japan-indepth.jp/?p=40098でお読み下さい。】
インドネシアでテロの嵐が吹き荒れている。相次ぐ爆弾テロ、自爆テロで警察署やキリスト教会が狙われ、5月13日、14日のわずか2日間に自爆テロ4件、誤爆1件の計5件が発生し、警察官や一般市民、自爆テロ犯を含めた25人が死亡、多数の死傷者がでる事態となっている。
ジョコ・ウィドド大統領は「もはや限界を超えた野蛮行為であり、決して容認できない」と現在のインドネシア社会の状況は非常に憂慮すべき事態との認識を示し「テロを恐れず国民が一体となることが必要だ」と国民に対しテロに屈しない強い団結を訴えた。
国家警察は爆弾テロが相次いだ東ジャワ州の州都スラバヤと同じジャワ島の首都ジャカルタに「最高度の警戒態勢(シアガ1)」を宣言、警察施設、宗教施設などでの警備・警戒を強めると同時にテロ容疑者の検挙・逮捕に全力を挙げて類似事案の未然防止に懸命となっている。
Tindakan terorisme sungguh biadab. Korbannya anggota masyarakat, anggota kepolisian, bahkan anak-anak. Kita akan hancurkan basis pelaku dan para pendukungnya. Terorisme adalah musuh bagi semua agama -Jkw pic.twitter.com/iFLOW93KZ3
— Joko Widodo (@jokowi) May 13, 2018
▲テロリストは決して容認できないと訴えるジョコ・ウィドド大統領 出典:JokoWidodoTwitter
インドネシアは6月末に地方統一首長選挙を控え、8月には来年の大統領選の正副大統領候補者の届け出が締め切られる。そして2019年の大統領選、国会議員選挙へと長い政治の年を迎えようとしている。
加えて5月16日からは国民の約8割を占めるイスラム教徒にとって重要な宗教行事である「プアサ(断食)」の1カ月が始まる。こうした社会・政治情勢の混沌とした中でイスラム急進派、中東のテロ組織「イスラム国(IS)」に感化されたインドネシアのイスラム教テロ組織などが「社会的混乱」を企図した不穏な動きをみせており、インドネシアでは緊張と不安が高まっている。
■ 相次ぐ爆弾テロ
5月13日の日曜日、インドネシア第2の都市スラバヤで午前7時前後にキリスト教会3か所で爆弾テロが相次いで発生した。
まずンガデル・マディア通りのサンタマリア教会にバイクに乗った男性2人組が侵入し、自爆した。同教会は日曜朝のミサが始まる前の時間で信者が集まっていたところで、自爆犯を含め7人が死亡した。ディポネゴロ通りのインドネシア・キリスト教会には女性3人が体に巻いた爆弾を爆発させて自爆した。
さらにアルジュナ通りのベンテコスタ教会では教会に近づいた車両が爆発、自爆犯を含めた8人が死亡した。
警察の捜査により教会3か所で自爆テロを実施したのは同市内に住む男性の家族で妻と16歳、18歳の息子、9歳と12歳の娘の総勢6人による犯行と分かった。男性の自宅からは未使用の爆弾も発見され回収された。
Mengunjungi Gereja GPPS di Jalan Arjuno Surabaya yang baru saja menjadi sasaran bom teroris. Kita seluruh bangsa Indonesia, bersatu melawan terorisme -Jkw pic.twitter.com/c4VebP1LmA
— Joko Widodo (@jokowi) May 13, 2018
▲テロリストの標的となった教会を訪問するジョコ・ウィドド大統領 出典:JokoWidodo Twitter
さらに同13日夜、スラバヤ郊外シドアルジョ県タマン郡にある公営住宅5階の部屋で爆発があり、警察が室内を調べたところ、この部屋に住む家族6人のうち3人が死亡していた。公営住宅が警察署の裏手に位置していたことから当初は警察を狙った爆弾テロとみられたが、その後の捜査で爆弾製造中に誤って爆発したものとみられている。
スラバヤの教会爆破犯の男性と誤爆事件の部屋の世帯主の男性は顔見知りで、国家情報庁(BIN)や警察によれば共にインドネシアのイスラム教テロ組織「ジェマ・アンシャルット・ダウラ(JAD)」のメンバーであるという。
5月14日午前9時前にはスラバヤ市警察の入り口の検問所で5人が乗ったバイク2台が爆発する自爆テロが発生した。自爆犯4人が死亡し、付近にいた警察官や市民ら10人が重軽傷を負った。バイクに乗っていたのは5人家族とみられ、爆風で吹きとばされた家族の一員とみられる幼児が救出されたという。自爆テロ犯の身元は現時点ではわかっていないという。
国家警察対テロ特殊部隊「デンスス88」などはスラバヤ連続爆弾事件にJADや類似の組織「ジャマ・アンシャルット・タウヒッド(JAT)」が関連している可能性が強いとして14日からJAD、JATのメンバー、シンパの捜索に乗り出し、これまでにスラバヤ、シドアルジョでテロ容疑者9人を逮捕、4人を射殺している。さらに中部ジャワのチアンジュールでも車内に武器を隠し持っていた男性4人と警察が銃撃戦となり、4人が射殺される事件も起きている。
■ テロの収監者による暴動
こうした一連の爆弾事件の引き金になったとみられているのが5月8日にジャカルタ南郊デポックにある国家警察機動隊本部にある拘置所で発生した暴動だ。同拘置所にはJADやJATのメンバーなどテロ容疑者が多数拘置されており、155人が警察官の武器を奪い、警察官を人質に取って暴動を起こした。
彼らは収監中のJAT指導者との面会を要求していたといわれ、最終的には5月10日朝に人質を解放、投降して事件は終息したが、警察官6人と収監者1人が死亡した。
事件後、収監者155人は最高度の収容施設であるジャワ中部の離島にあるヌサカンバン刑務所に移送された。国家警察ではスラバヤでの連続爆弾事件はこの暴動鎮圧への報復との見方を強めている。
■ どこへ行くインドネシア
中東のイスラムテロ組織「イスラム国(IS)」にはインドネシアからこれまでに約1000人が参加、うち約半数がすでに帰国して国内でテロを準備しているという。
そういう状況下で14日にはジャカルタ東部のドゥレン・サウィット地区で爆弾テロが発生したとの一部報道があり、日本大使館が「警察はこの情報を否定しており、事実は確認されていない」と在留邦人に連絡する事態も起きている。
このほかスラバヤ市内のショッピングモール20か所が危険で接近しないようにとの情報が流れたものの、偽ニュースと判明するなどインターネットや携帯電話のSMSなどを通じて「正体不明の未確認情報」が溢れ、社会不安を煽る事態となっている。
一方、ジャカルタ中心部の主要交差点には14日、機動隊本部の暴動で犠牲となった警察官6人を追悼する看板と6人の写真が掲げられ、通行人が署名した。
インドネシア各地で政党関係者、宗教関係者などによる集会が開かれ「いかなる宗教もテロを容認しない」「インドネシアは多様性を認める寛容の精神で団結する」など反テロの姿勢を相次いで表明した。
インドネシアはイスラム教以外の宗教も認める「多様性の中の統一」を国是として掲げており、お互いを認めるという「寛容の精神」で多民族、多文化、多言語、多宗教の価値観尊重で団結してきた。
高まるテロの恐怖と社会不安の中でいまその国是と寛容の精神の真髄が試されようとしている。
トップ画像/ジャカルタ市内中心部に設置された犠牲となった警察官の追悼看板 ©大塚智彦
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。