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.国際  投稿日:2017/8/23

インドネシア大統領官邸テロ阻止


大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・8月17日はインドネシアの第72回独立記念日。

・2日前の15日には地方都市バンドンにて5人のイスラム過激派を逮捕。

・インドネシアのテロは「今そこにある危機」といえる。

 

インドネシアは8月17日、72回目の独立記念日を迎え、首都ジャカルタの大統領官邸ではジョコ・ウィドド大統領、ハビビ、メガワティ、ユドヨノ各歴代大統領、閣僚、政府要人、国軍幹部、外交団などが参列して大々的な記念式典が行われた。

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▲写真 インドネシア第72回独立記念日式典 2017年8月17日 出典:大統領官邸HP

今年の独立記念式典は参加者が多様なインドネシア文化、民族を象徴するかのように各民族の伝統衣装をまとって参列、ジョコ・ウィドド大統領は南カリマンタン州タナブンブ県の伝統衣装、警護する大統領警護隊の隊員もパプア州など各地の民族衣装を身に着けるなど華やかで賑やかなものとなった。

この日の記念式典が無事行われ、そして安全に終了したことでインドネシア治安当局、軍・警察関係者は実は陰で心から安堵していたのだ。

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▲写真 ジョコ・ウィドド大統領 出典:Pemerintah Provinsi DKI Jakarta (Provincial Government of Jakarta)

というのも独立記念日の2日前の8月15日、国家警察はジャカルタから約120キロ東方の地方都市バンドン5人のイスラム過激派メンバーを逮捕するとともに化学物質を押収したばかりだった。そして5人の供述から化学物質で爆弾を製造し、大統領官邸を爆破する計画だったことが明らかになり「大統領官邸爆弾テロ」を寸前で阻止することに成功したのだった。

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▲写真 バンドン Photo by Irrational pi

国家警察によると、過激派一味がアジト兼爆弾製造場所として利用していたバンドンの民家に踏み込んだ時に「捜査員は焼けるような感覚を感じ、皮膚が赤くなった」としており、爆弾製造の化学薬品が室内に蔓延していた状態だったことを明らかにした。

これは爆弾製造がすでに最終段階に近づいていたことを示しており、5人の供述では「爆弾テロの実行予定日は8月下旬」としているが、8月17日の独立記念日ないし、警備が17日より手薄になるその前後を狙っていた可能性が高いとみてさらに取り調べを続けている。

 

■相次ぐ爆弾テロ

インドネシアでは2016年1月にジャカルタ中心部で爆弾テロが起きて以来、同年7月にジャワ島中部のソロの市警本部での自爆テロ、同年8月には爆発物に使用する予定の化学物質を所持していたテロ容疑者がスマトラ島ランプンで逮捕されるなどテロ事件が相次いでいる。

今年2017年5月24日にはジャカルタ市内カンプン・ムラユにあるバス停付近で爆弾テロ2件が起き、警察官3人が死亡している。この事件では圧力釜を使用した爆弾で爆発力を強化させていたことが分かっている。

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▲写真 ジャカルタ内の交番を狙ったテロ(2017年1月)

Sarinah-Starbucks terrorist attack in Central Jakarta, 14 January 2016 Photo by Gunawan Kartapranata

その後も各地で国家警察対テロ特殊部隊「デンスス88」などによる事前の逮捕、摘発で複数の爆弾テロが未然に阻止されてきたとされる。独立記念日も近くなった8月11日は中東のイスラムテロ組織「イスラム国(IS)」への参加希望者に資金を提供し、シリアやISメンバーが国軍と戦闘状態を続けているフィリピンへの渡航を支援した反テロ法違反でジャワ島西部バンテン州南タンゲランの男性1人を逮捕している。

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▲写真 国家警察対テロ特殊部隊「デンスス88」 出典:Wikipedia

また、8月12日には5月のカンプン・ムラユの爆弾テロに関与した容疑で西ジャワ州スメダン県タンジュンサリの漢方薬店経営者をやはり同法違反容疑で逮捕している。

さらに8月14日にはインドネシア国内の複数の過激派組織に活動資金を支援していたとしてスマトラ島リアウ州ロカン・ヒリル県の男性を逮捕するなど、独立記念日の直前まで各地でテロ容疑者逮捕が続いていた。

 

■国家警察がテロ警戒情報

国家警察では今回逮捕した大統領官邸での爆弾テロを計画していた5人の詳細な情報や押収した爆弾製造に使っていた化学物質について詳しいことを明らかにしていない。

この5人が、ISと関係のある容疑者なのかどうか、現在慎重に捜査を続けているが、地元記者によると「5人以外に事件に関与した容疑者をさらに追っている可能性があり、それが5人の詳細な情報を警察が明らかにしない理由と考えられる」としている。

また化学物質に関しては、「同様の物質の販売経路の捜査、さらに類似爆弾製造を未然に防ぐために詳細は今後も発表しないのではないか」(同)との見方を示している。

独立記念日は多民族、多文化のインドネシアが国是である「多様性の中の統一」を内外に示す格好の機会で、17日の大統領官邸での独立記念式典に先立って前日の16日に国会議事堂ではジョコ・ウィドド大統領による施政方針演説も行われるなどこの時期は国を挙げての行事が目白押しだった。

それは同時に一連の行事がテロの格好の標的でもあることを示しており、国家警察も「8月17日の独立記念日に、警察に対する攻撃を計画している過激派組織がある」としてテロへの警戒強化を各関係機関に求めていた。

これを受けて在インドネシア日本大使館も8月14日に「インドネシア在留邦人、出張者、旅行者」に対し独立記念日に際してのテロの脅威に関する注意喚起を発表、テロの対象になりやすい警察関連施設、政府・軍関係施設、外国人が多く集まる観光・リゾート施設、公共交通機関、宗教関連行事・施設などを訪れる際には「注意を払い、不審な状況を察知したら、速やかにその場を離れるなど自らの安全確保に努める」よう求めていた。

結果として独立記念日前後にテロ事件はインドネシアでは発生しなかったが、今後も引き続き警戒が必要な情勢には変わりなく、インドネシアでのテロの危険性はまさに「今、そこにある危機」といえるだろう。

※この記事には複数の写真が含まれています。すべて見るにはhttp://japan-indepth.jp/?p=35689の記事をご覧ください

トップ画像:インドネシア第72回独立記念日式典 2017年8月17日 出典/大統領官邸HP


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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