塾がないデンマーク 変わる教育制度
【まとめ】
・デンマークには入学試験がないため受験勉強をする必要もない。
・学歴と給与が比較的相関せず職業に貴賤がない。
・教育費が国の財政をひっ迫、制度の改革が求められる。
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■塾ってなに?
日本の教育制度をデンマーク人に説明していた時に聞かれた。「塾ってなに?」英語に訳すと、“cram school”。 この言葉自体が通じていないようだった。「学校の授業を補完したり、受験勉強の準備をしたりするためにいく場所だよ」というと、「学校に終わった後にさらに勉強するの!」と驚かれた。
▲写真)小中学校のグラウンド©田中亜季
デンマークには入学試験がない。よって受験勉強をする必要がない。教育制度としては、小中学校で9年間(1年生から9年生)、その後は高校へ3年間通う。日本との違いは、入学前に0年生という学童期間があること、それから9年生卒業後、希望した生徒は10年生になれるところだ。
面白いのは、日本だと浪人ないしは留年という扱いになるこの高校前の10年生という猶予期間(ギャップイヤー)を、全体の約半数以上の生徒がとること。この期間中、自分の将来について考えるそうだ。入学試験がないのに、高校や専門学校、大学にはどうやって進学するのか。それは学校内における成績で入学できるかどうかが決まる。一発逆転のビリギャルはデンマークにはいない。
■宿題は誰がみる?
学校の成績で大学に入学できるかどうかが決まるなら、やっぱり塾の需要はあるのではないか?と疑問に思ったので、学校での宿題が自分で解けなかった場合はどうするのか、と数人のデンマーク人に聞いてみた。ほぼ全員の答えは、お父さんかお母さんに教えてもらうというもの。教えるのが難しい両親を持つクラスメイトはどうしていたのかと聞くと「そういう子は、先生に聞いていたんじゃないかな?」。
▲写真)小中学校の廊下©田中亜季
デンマークはみんな仕事が早く終わるから、お父さんもしくはお母さんが宿題を教えてくれる時間があるのか、とも納得しつつも、そうはいかない家庭もあるだろうと思ってしまう。教師に聞くといっても国の規定で決められている1クラスあたりの人数は28人。少人数体制ではあるが、生徒一人一人の宿題にきちんと対応できるほどの体制ではない。そして「北欧」と一括りにされがちだが、デンマークはフィンランドのように、教師が大学院まで出なくてはいけないというような徹底した制度は持っていない。
■デンマークの教師職は国家資格ですらない。
▲写真)授業風景©田中亜季
それでは、勉強が苦手な子は(苦手な親を持つ子は)どうするのか。彼らは、「自分が得意な道を探す」。専門学校へ行き、合わなかったらまた違う専門学校へ行き、資格を取る。気になってもう一つ質問してみた。「勉強が得意じゃないけど、勉強がしたい子は?」何を言っているの?という顔をされた。「それならその子は頑張って勉強するでしょう?」
■職業に貴賤がない国「みんな違っていい」
デンマークでは、高校卒業後に盛大なパーティがある。2週間かけて、盛大なお祭りをやる。お酒を飲んで飲んで飲みまくり、羽目を外す生徒もいて、卒業を祝う。なぜそこまで盛大に行うのか。理由の一つは、高校卒業が生徒たちにとって大きな分かれ道となるからだ。
実は、デンマークの大学進学率は約3割。大学に進学した場合は、だいたい大学院までそのまま進む。そのほかの学生は専門学校へ行ったり、ジョブトレーニングをする学校へ行ったり、働き始めたりする。大学へ行かない若者がマジョリティなのだ。
さらに、高納税社会のため、学歴と給与(after tax)が比較的相関しない。もちろん学んできたことと職業は関連性があるが、学歴と社会的地位にはそこまで関係性がない。つまり、職業に貴賤がない。わかりやすく言えば、日本でみるような、「〇〇大学出身です」「すごいですね」、「〇〇企業に勤めています」「すごいですね」といった会話はデンマークにはない。
学歴があることが一種のステイタスになっている日本。得意なことを伸ばし、向いていることを仕事にするデンマーク。デンマーク人の多くは、勉強ができるのは、自分の努力の結果だけではなく、単なる環境要因だとか、ただの個性のひとつだと知っている。
しかし、完璧な社会などない。行きたい大学に行けなかったから、もしくは自分の成績ではやりたい勉強ができなかったから、ほかの選択肢を探しに「フォルケホイスコーレ」へ行って将来について考えるという子もいる。《参考:国が支えるフリースクール フォルケホイスコーレとは? デンマークの「人を幸せにする仕組み」5(上)・フォルケホイスコーレ留学はお得? デンマークの「人を幸せにする仕組み」5(下)》
デンマーク人は平均30歳前後で正式に働き始める。ちなみに、2018年度の調査で修士卒業年齢が最も多いのは30-34歳である。この世界的にみても遅い入職年齢の理由は、ギャップイヤー取得頻度の高さと、それに伴う就学期間の長さ。この長い就学期間中に自分に合った働き方を探し、フレキシキュリティ制度(注1)で何度も転職をして自分に合った生活を探す。こうやって、デンマークは「幸せの丈」のバランスをとってきたようにも見える。
■恵まれた教育制度が変わる
しかし、この社会を支えてきた教育制度が変わりつつある。デンマークの教育費は、基本無償。加えて、いつでも何度でも勉強のやりなおしが認められてきた。つまり、飽きてしまったり心変わりしたら、その途中で学校・専攻の選びなおしができたのである。さらに学生期間中にはSU (Statens Uddannelsesstøtte) と呼ばれる給付奨学金が毎月支給される。
しかし、社会の高齢化や、移民増加の影響もあり、教育費は国の財政をひっ迫させている。世界一教育にお金をかけているデンマークはその予算を削減する一環として、2017年1月から大学の学部生は、”何度もやり直し”を認めなくなった。さらに今は、ギャップイヤーを短縮、ないし取得しない学生の大学合格率を上げるなど、入職年齢を引き下げる方向に動いている。この新たな政策の影響からか、学生たちは職業に直結する学部を選択するようになってきた。
学習塾がなく、受験戦争のないデンマーク。しかし、これからは競争社会(compete society)に変容してゆくだろう、とユランドポステン(Jyllands-Postens)紙(大手日刊紙)編集長は話す。この教育制度の改革の波に、この民主主義社会が、そしてデンマーク国民たちがどのように対応していくのか、今後もぜひ追っていきたい。
注1)フレキシキュリティ制度
フレキシビリティ(Flexibility)とセキュリティ(Security)の合成語。雇用の柔軟性を担保しながら、失業保障で労働者の生活の安定を図る制度。
*トップ写真)授業風景©田中亜季
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この記事を書いた人
田中亜季北欧研究所
筑波大学社会・国際学群社会学類卒。日系企業、外資企業での勤務を経て、現在はコペンハーゲンで北欧研究所 Japanordic.comに所属。