新聞よ、おごるなかれ!
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視 」
【まとめ】
・トランプ大統領は自分を非難する報道はフェイクニュースと断じ、主要新聞は大統領を叩き続ける。
・客観報道という米ジャーナリズムの原則は空疎となった。
・しかし「報道と主張を明確に区分する伝統的ジャーナリズムの基本へ回帰せよ」と強調する新聞も。
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新聞よ、おごるなかれ! ニュースメディアよ、おごるなかれ!
アメリカでのトランプ大統領とメディアとの戦いをみていると、ついこんな感想を抱いてしまう。私自身がもう半世紀も新聞記者として活動し、ニュースメディアの世界に身をおいてきたのに、おかしな感想かもしれない。だが新聞記者であるからこそ、感じてしまう思いだともいえそうだ。
私の疑問を簡単にいえば、新聞が民主的な選挙の結果、選ばれた政治指導者を選挙ではない方法で追い落とすことに全力をあげるといういまのアメリカでの現象への懐疑だともいえる。新聞というのはそんなにえらいのか、選挙の結果よりも自分たちの政治的な判断が正しいと断ずることは傲慢ではないのか。
もちろん新聞が政権のあり方を批判するのは正当な権利である。義務でもあろう。だがその政権の存在そのものをスタート時から完全否定するというのでは、いくらなんでも行き過ぎなのではないか。新聞に政権を決める実際の権利がないことは明白ではないのか。その権利を持つのは国民全体のはずではないのか。そんな疑問を禁じえない。
トランプ大統領が自分を非難するニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストといった大手新聞を「アメリカ国民の敵」とまで呼んで敵視することは、もうあまりに知られた現象である。こうした民主党系の新聞の報道はみなフェイクニュースと断じてしまう。この言動に行き過ぎがあることも否定できない。
写真)トランプ大統領
出典) Gage Skidmore
主要新聞の側も連日連夜、トランプ大統領の言葉や行動を叩き続ける。国民の多数派が支持する側面には光をあてず、もっぱら非だけに集中して拡大する。客観報道というジャーナリズムの原則はどうみても、空疎となってしまった。
この8月中旬にはアメリカ各地の合計約350の新聞がいっせいに社説でトランプ大統領への非難を打ち出した。言論の自由や報道の自由の権利を訴える趣旨だった。だが同時にトランプ大統領やトランプ政権そのものを頭から否定する論調もきわだった。要するに存在してはならない大統領、そしてその政権という基調の全面否定の主張なのだ。
写真)メディア報道を批判するトランプ氏のtweet、2017年8月16日
アメリカには全土で合計して1300以上の日刊新聞がある。そのうちの350だから大多数にはみえないが、主要新聞、有力新聞のほとんどが加わっていた。だから「アメリカの新聞全体がトランプ大統領を糾弾」という表現もそう的外れではないのだ。だがそれにしても新聞には本来、独自の主張や価値観があるはずだ。なのに、その大多数がまったく同じ趣旨の社説を申し合わせたように掲載するとなると、なにかそこにも違和感を覚える。
こんなことをいぶかっていたら、アメリカの新聞界のなかにも少数派とはいえ、いまのトランプ叩き一色の状態に懸念を表明する記者がいることを知って、ほっとした。アメリカの新聞の多様性というか、柔軟性、懐の深さ、価値観の多様さ、とでも呼ぶべきか。
ニューヨーク・ポストのベテランのコラムニスト、マイケル・グッドウィン記者が8月下旬に書いた記事だった。同記者のコラムはまずニューヨーク・タイムズのジェームズ・ローテンバーグ記者が2016年夏の大統領選挙戦で共和党候補にドナルド・トランプ氏が指名された直後に書いた記事を引用していた。
写真)ニューヨークポスト マイケル・グッドウィン記者
以下はグッドウィン記者のコラムの要旨である。(参照記事:NEW YORK POST)
「ローテンバーグ記者のコラムは『トランプ氏が共和党候補になったことで、これからニューヨーク・タイムズの選挙報道ではジャーナリズム上の”通常の基準“は適用されなくなる』と宣言していた。ニューヨーク・タイムズはリベラルの価値観を体現するメディアだから、トランプ氏のような反リベラルの候補に対しては報道上の公正基準を適用せずに、彼を嘘つき、人種差別主義者、国家反逆者のように扱っても構わないという宣言だったのだ」
「選挙戦ではニューヨーク・タイムズはじめ多くの新聞がヒラリー・クリントン候補の支援を表明し、トランプ候補を悪魔のように扱った。このような露骨な政治党派性はアメリカのジャーナリズムの歴史でも恥ずべき一章である。その後の民主党支持のメディアのトランプ報道は体制転覆を図る革命運動の一端のようになってしまった」
なるほど、最近の「トランプ対メディア」の衝突についての報道の多くは、アメリカでも日本でも、公正中立で客観報道のメディア側にトランプ大統領側が不当な攻撃をかけてきた、という構図を描いている。ところがグッドウィン記者はそもそも新聞の側がトランプ氏とは反対の政治的立場から攻撃をかけていたのだ、と説明するのである。
同記者のコラムはさらに以下の骨子を述べていた。
「約350もの新聞が一体となってトランプ非難の社説を載せたことも、『原則』を掲げるふりをしながら実は党派性の偏向報道と自己利益に駆られた動きだといえる。いまの反トランプの新聞の絶え間のない敵対的報道は政治的分裂をあおることで国民とジャーナリズムの両方に被害をもたらす。国民はトランプ政権の経済政策のような明らかに成功した行動について知る権利を知らず知らずのうちに奪われているのだ」
「だが多くのメディアがトランプ大統領の政策を客観的に分析して報道することなく、大統領への憎悪や敵意をあおるだけの高圧的な偏向報道を続けている。最近の世論調査では一般国民の多くがそのメディアの偏向に気づき、メディア全体への信頼を急速に減らしている。メディアにとっていまのようなトランプ報道はみずからを傷つけるブーメランのような逆効果があるといえる」
こう述べたグッドウィン記者はアメリカ国民がメディアへの信頼を失っている例証として次のような最近の世論調査結果を紹介していた。
・ギャラップ・ナイト財団の世論調査ではアメリカ一般国民の62%が「いまのニュースは偏向している」と答え、44%が「不正確だ」と答えた。
・アキシオス社の世論調査では回答者の70%が「最近のメディアは情報を故意にゆがめてフェイクや虚偽を伝えている」と答えた。また共和党支持者の92%、民主党支持者の53%が「ニュースメディアを信用しない」と答えた。
だからグッドウィン記者は新聞をはじめとするメディアが肝心の顧客である一般国民の信頼を失い、自らの墓穴を掘っているのだと指摘して、コラムの結びとして新聞などのメディアは「報道と主張を明確に区分する伝統的なジャーナリズムの基本へ回帰すべきだ」と強調していた。日本のメディアにとっても他人事ではないだろう。
TOP画像:NEW YORK POST紙
出典)Flickr Marco Verch
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。