ファーウェイ排除の戦略的意味
島田洋一(福井県立大学教授)
「島田洋一の国際政治力」
【まとめ】
・中国製ハイテク機器に小手先では除去できない本質的な危険あり。
・ファーウェイ幹部逮捕は米のメッセージ。取引継続企業は締め出しへ。
・中共が情報通信の覇権握れば、人類は精神的な死を迎えかねない。
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2018年12月1日、ブエノスアイレスにおける米中首脳会談の数時間後に、米司法省の要請を受けたカナダ当局が、中国の通信機器大手「華為技術(ファーウェイ)」の最高幹部で創業者の娘、孟晩舟氏を「対イラン制裁法」違反容疑で逮捕した。
ファーウェイは情報空間支配を狙う中国の国策会社、いや、より正確には中国共産党の「党策」会社である。米政府は数カ月来、同盟国に対し、同社はじめ中国通信企業を政府調達から締め出すよう圧力をかけてきた。
その後孟容疑者は保釈されたが、同氏の身柄自体は二義的な問題である。米政府は中国のハイテク企業排除に本腰であり、同社と取引を続ければ、同じく刑事訴追のターゲットになるという、国際的な念押しのメッセージの意味が大きかった。
写真)カナダ当局に逮捕された孟晩舟容疑者
出典)Wikimedia Commons(Office of the President of Russia)
中国製ハイテク機器の使用には、いかなるセキュリティー上のリスクがあるのか。日本経済新聞(電子版)12月12日付で、この分野に精通する時田剛氏が端的に指摘している。
要約すれば、「何度か深刻な問題が見つかっている。例えば通信機器に、仕様書にないポート(通信の出入り口)が見つかった例がある。インターネットで外部と通信が可能なため、不正にデータを盗み出すバックドア(裏口)に悪用できる。携帯電話の基地局については、そこを経由するスマホの端末識別用の情報や通信の宛先情報が分かる。企業の拠点に設置するネット接続用のルーターなどは、設定次第で社内ネットワークに流れるあらゆる情報を取得できる。最近の不正プログラムは特定の時間しか動作しないなど手が込んでいる。どこまで検査すれば安全なのかというゴールを設定できない」というのである。小手先の対応では除去できない本質的な危険の認識には以上で充分だろう。
2018年8月に成立した米国防権限法は、ファーウェイなど中国の通信5社を名指しし、「安全保障」上、政府機関や取引企業の調達先から排除せねばならないと規定している。また「対象国」を唯一「中華人民共和国」と明記した上で、国防長官が国土安全保障長官と相談の上で、あるいは米連邦捜査局(FBI)長官が「対象国政府と関係がある」と「合理的に信ずる」いかなる企業も追加的に排除できるとしている。
同法案は上院を87対10、下院を359対54の圧倒的多数で通過した。次世代通信規格(5G)をめぐる覇権争いが最終ストレッチに入った今、議会に背中を押される格好の米政権が攻勢を緩めるとは考えられない。
今後、ファーウェイ等と取引のある企業は米市場から締め出されていく。取引を隠して営業を続けた場合は、巨額の罰金に加え、経営幹部の逮捕、収監といった事態にもなろう。もちろん日本企業、日本人経営者も例外ではない。
出典)The Whitehouse
ジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)は議会と調整を急ぎつつ、通信関連のみならず米企業の知的財産を窃盗したとみなされる中国の全ての企業を、米市場から締め出す方針も打ち出している。
写真)マルコ・ルビオ上院議員
出典)U.S. Senator for Florida, Marco Rubio
その議会で対中強硬路線を主導してきたマルコ・ルビオ上院議員 は、「中国にサプライチェーンを有する米ハイテク企業は、いかに困難を伴おうとも依存の低減に本腰で取り組まねばならない」と経済界に警鐘を鳴らしている。
今後はボルトン氏らと協力しつつ、罰則規定を持った具体的な規制策を打ち出していくだろう。
同じくテッド・クルーズ上院議員も「ファーウェイは通信企業の皮をかぶった中国共産党のスパイ機関だ。その監視ネットワークは世界を覆い、その顧客はイラン、シリア、北朝鮮、キューバなどの『ならず者国家』だ」と国際的に排除を徹底すべしとの意見を公にしている。クルーズ氏は先の中間選挙で再選を決め、6年間は地位が安泰である。議会活動にじっくり時間を割ける。
ルビオ、クルーズ両氏は、2016年、共和党の大統領候補指名を最終盤までトランプ氏と争った若手実力者である。当時は激しい人身攻撃を取り交わしたが、現在はトランプ氏との関係もよい。
この2人に、対中全面非難演説で世界の耳目を集めたペンス副大統領を加えた3人が、目下、ポスト・トランプの最右翼である。少なくとも共和党政権が続く限り、対中締め付け強化は不変と見るべきだろう。中国としては、米政治に混乱をもたらすべくハッキング攻撃などを強めていくのではないか。それを防ぐ意味でも、米側では情報通信における対中締め付けを強めていくと思われる。
写真)トランプ大統領とロバート・ライトハイザー通商代表(2018年1月24日)
出典)USTR twitter
トランプ大統領は、中国との交渉役にロバート・ライトハイザー通商代表を充て、首脳会談にピーター・ナバロ通商顧問 を同席させるなど、強硬派シフトを印象づけている。ナバロ氏はかねて、「独裁的でますます軍国主義的となってきた中国への経済的依存を減らさないなら、将来弾丸やミサイルが飛んできても全くの自業自得だ」と、軍資金を枯渇させるべく、米国および同盟国は中国製品を買い控えねばならないと主張してきた。
写真)ピーター・ナバロ通商顧問
「米中新冷戦」や「米中のハイテク覇権争い」といった言葉が目に付くが、事は「米中」の問題ではない。ナチス・ドイツは海軍力を欠き、ソ連は経済力を欠いたが、中国はその両方を備えようとしている。内実はファシズム集団である中国共産党が世界を支配すれば、自由で人間らしい文明は地を掃(はら)う。人類は精神的な死を迎えかねない。
目下の主戦場は「情報通信」である。ここで中国が覇権を握れば、サイバー空間の支配に加え、巨額の軍拡資金、工作資金が共産党に流れ込む。日本も主体性をもって「戦い」に参加せねばならない。
トップ画像)スペイン・バルセロナで開かれたモバイル世界会議でのファーウェイのブース(2015年3月)