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.政治  投稿日:2019/3/2

軽装甲機動車をAPCとして運用する陸自の見識


清谷信一(軍事ジャーナリスト)

【まとめ】

・「軽装甲機動車」の不合理な運用は陸自の財政の問題。

・「装甲の薄さ」や「機銃の変更」は国内の危機にさえ対応できぬ可能性。

・日本・都市部での交戦を想定した運用ならばコブラ」の使用が理想。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=44450でお読み下さい。】

 

コマツは事実上、装甲車両の開発生産からの撤退を表明した。今後は既存装甲車のメンテナンスと、現在生産しているNBC偵察のみが生産されることとなるが、これまでの平均生産数は年に2~3輌に過ぎず、もはや「工芸」レベルである。

コマツが開発し、陸自が主力APC(装甲兵員輸送車)として採用した「軽装甲車」は極めて異常である。「軽装甲機動車」はコマツが開発した四人乗りの空虚重量4.5トン小型の四輪装甲車だ。

仏軍のVBLのように、諸外国ではこのような車輛は連絡、対戦車、偵察などの目的に使用している。だが、自衛隊では機甲科偵察部隊(偵察隊)での使用や空自の基地警備など、一部の例外を除けば主として96式装輪装甲車と同様に装輪APCとして運用している。

諸外国でも市街戦やパトロール、特にPKOなどではこのような小型装甲車輛に歩兵が搭乗することはある。だがこれは分隊が乗車可能なAPCや、歩兵戦闘車を補完する目的で使用されており、通常の兵員輸送車の代わりに使用されているわけではない。筆者の知りうる限り、このような4名乗りの小型装甲車をAPCとして運用をしている軍隊はない。通常軍隊では1個分隊8名程が1輌のAPCで移動するのが普通である。「軽装甲機動車」は固有の無線機も有しておらず、分隊長が分隊を把握できない。

「軽装甲機動車」はAPCであるにも関わらず、固有の武装を有していない。戦闘に際しては運転手も車輛に鍵をかけて下車して戦う。つまり車輛自体は無人状態で放置される。鍵は小銃で撃てば容易に破壊できるので、放置された車輛が敵の手に渡る可能性は高い

96式や73式なら、車載した銃で下車戦闘する隊員たちを支援することができるが、「軽装甲機動車」を使用している部隊は、こうした火力支援を受けられない。装甲車が随伴できないため、弾薬や食料などの補給も出来ない。車輛を置き去りにして前進するので、装甲車から遠く離れた場合、自分たちの足で戻らなくてはならない。このため部隊としての機動力も劣る。つまり、下車歩兵に装甲車が随伴できず、火力支援も行えない。陸上自衛隊は機械化歩兵という概念を完全に理解していない

陸自がこのような不合理な運用を行っているのはコスト削減のためであろう。96式の調達コストは一輛あたり約一億二六〇〇万円で、一個小隊三輛ならば約三億七八〇〇万円である。対して「軽装甲機動車」は一輛約三二〇〇万円、一個小隊分で二億二四〇〇万円となり、差し引き一億五四〇〇億円の節約となる。昨今ではその単価も三五〇〇万円まで高騰している。しかも排ガス規制を受けて近年改良がなされて、価格が28年度予算では改良型6輌が3億円で要求された。単価は5千万円、約1.5倍に高騰した。このため財務省が難色を示して政府予算に計上されなかった。以後この改良型は採用されることは無かった。

「軽装甲機動車」搭載火器が搭載されていないのでその分安い。96式などが搭載している住友重機械工業が生産している12.7ミリ機銃の調達単価は一丁当たり五五〇~六〇〇万円、三輛分ならば約一七〇〇万円。これが必要ない(96式自動てき弾銃は更に高価である)。つまり車体と火器を合わせると一個小隊あたり一億七一〇〇万円ほどの「節約」となる

さらに96式や73式ならば必要な車輛固有の乗員は各二、三輛で計六名削減できる。これがより火力の強い歩兵戦闘車であれば乗員が三名となるので、九名削減できることになる。その分人件費を削減できる計算になる。確かに調達コストと人件費を削減できるが、戦闘力は通常のAPCを使用する場合に比べて大きく減じている

だが「軽装甲機動車」をAPC代わりに使っていると、今後恐ろしく費用が掛かることになる。今後陸自の装甲車輛は、デジタル通信機や、GPSナビゲーション、ネットワークシステム、状況把握システムを導入する。そのコストは決して安いものではない。「軽装甲機動車」をAPCとして使い続けるならば、単純計算でこれらの装備は96式などの二倍の数が必要となり、それだけ多額の投資が必要となる。

▲写真 軽機動装甲車 出典:著者撮影

「軽装甲機動車」にはもう一つ深刻な問題がある。装甲の薄さだ。陸幕が「軽装甲機動車」に要求したのは陸自で使用している5.56×28ミリ弾や7.62×39ミリカラシニコフ弾までしか耐えられない。これは主としてAK47などの小銃に使われるもだが、同じ7.62ミリ弾でも小銃だけでなく、機銃などで使用されるNATO標準の7.62×51ミリ弾、ロシア系の7.62×54ミリ弾では貫通するだろう。

これも調達コスト削減の一環である。もう一つの理由は陸自が普通科小隊の7.62ミリ機銃を廃止する決定をしたことだ。自分たちの機銃に耐えられると同レベルの武器を防げればいい、という発想である。しかも陸自の7.62ミリ機銃はNATO弾よりも威力が低い弱装弾である。

かつて筆者が陸幕広報室に確認したところ、日本での交戦距離は極めて短く、7.62ミリ機銃は必要ないと判断したとのことだった。7.62ミリ弾と5.56ミリ弾では威力が二倍近く違う。仮に短い交戦距離でも、互いにバリケードなどに隠れて撃ち合うような状態で、敵が7.62ミリ機銃を使えば撃ち負ける。これは近年のイラクやアフガンなどの戦訓でも明らかである。歩兵部隊から7.62ミリの軽機関銃を廃しているのは筆者の知る限り、世界で陸上自衛隊だけである。その理由が合理的とは思えない。

7.62ミリ機銃廃止の本当の理由は人件費とコスト削減である。7.62ミリ機銃のチームは通常射手、装弾手の二名、あるいはそれに分隊長を加えて三名で構成される。陸自の5.56ミリ機銃であるミニミならば射手一人で運用できる。つまり一丁あたり一~二名の隊員を削減できる。また5.56ミリ機銃のほうが7.62ミリ機銃よりも調達コストも弾薬のコストも安い。

だが仮想敵である北朝鮮は7.62ミリ弾の小銃を使用しているし、中国人民解放軍も小口径ライフルに移行中ではあるが、多くの歩兵はいまだ7.62ミリ機銃を使用している。また、自衛隊が派遣されるであろう世界の紛争地域で使用されている機関銃も同じである。当然ながら「軽装甲機動車」が7.62ミリ機銃弾で射撃を受けた場合、弾丸が貫通する可能性は高い。つまり北朝鮮の工作員や特殊部隊と戦闘になったら敵の機銃はもちろん、小弾でも貫通することになる。「軽装甲機動車」の開発時、被弾による2次被害を防ぐため、スポーライナーを採用することも検討された。だが、コストがかかるとして採用されなかった。

このためイラクのサマーワに派遣された「軽装甲機動車」はフロントガラスの防弾ガラスを厚くしたり、装甲を補強するなどの処置がとられた。この改良の一部はその後の量産型にも反映されているという。

さらにいえば、「軽装甲機動車」は地雷やIEDに対する備えがほとんど無い。海外で活動するPKOなどはもちろん、国内で予想されるゲリラ・コマンドーとの戦いでも非常に不利である

また対NBC装備がなく、NBC戦や大規模なバイオハザードが生じた場合は戦力とならない。また陸自は島嶼防衛に対する備えを強化しているとしているが、「軽装甲機動車」にシュノーケルを装備するなどの措置は取られていない。

▲写真 軽機動装甲車 出典:著者撮影

陸自はこれまで約2千輛の「軽装甲機動車」を調達してきた。これは陸自の装甲車輛の調達ペースとしては「画期的」なスピードである。だが、これを大型のAPCに換算するならば、実質的に調達数は500輛ほど、年に50輛のペースに過ぎない。しかもこれだけ、見かけのAPCを増やしているにも関わらず、APCの数はまったく足りていない。緊急展開部隊であり、首都を防衛する中央即応集団でもAPCの不足は深刻である。一例を挙げれば、第一師団の第32普通科連隊は昨年度までまったくAPCがなく、本年度から一個中隊に「軽装甲機動車」が導入された

空自は基地警備用として「軽装甲機動車」を調達してきたが、本来はこのような任務に使用すべき車体である。「軽装甲機動車」をAPCとして運用するのは普通科の見せかけの装甲化を促進することに主眼が行われており、実戦的でないだけではなく、費用対効果が極めて低い。

確かに日本は平地が少なく、人口密集地域が多い。当然都市部で交戦が起こる可能性が高くなる。だから小回りの利く「軽装甲機動車」のような装甲車輛は必要である。筆者はそのことを否定するつもりはない。だが、だからといって大型のAPCの代わりに「軽装甲機動車」を主力APCとして使用するのは理解できない

そのような運用構想であるならば、トルコ軍の採用しているコブラのような、一個分隊が乗車可能で、固有の運転手と車長を持つ軽量のAPCを開発すべきだった。コブラは戦闘重量6トン、自重4.8トン、乗員は13名(運転手、車長含む)である。米軍のハンヴィーの駆動系を流用して開発および調達コストを下げている。V字型の底面を持っており、優れた耐地雷性能を持っている。このためトルコ軍のPKK(クルド労働党)のテロリストとの戦いで、地雷やIEDによる被弾を受けても多くの将兵が命を救われている。

▲写真  Otokar Cobra 2 IDEF 2013 出典:Janissarywiki

陸自は一輛で一個分隊が搭乗でき、ネットワーク化されて、固有の火器とNBC防御システムを搭載した本来必要とされるAPCあるいは歩兵戦闘車を普通科の装甲車の主力として採用すべきである。既存の「軽装甲機動車」は近代化を加えて防御力を強化したうえで対戦車や偵察などの任務に振り向けるべきである。あるいは「軽装甲機動車」は外国に供与すべきだろう。

トップ写真:軽機動装甲車 出典:著者撮影


この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

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清谷信一

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