新種オランウータン生息地に中国ダム建設
大塚智彦(Pan Asia News 記者)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・オランウータン生息地でのダム建設中止求める訴えが却下される。
・ダム建設計画は中国企業との合弁事業で中国の金融機関が融資。
・中国企業が関係したインフラ整備や大規模事業で様々な問題。
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インドネシアのスマトラ島北スマトラ州で中国企業などが建設を計画している水力ダム発電計画の建設中止求めていた環境保護団体などの訴えを地元メダンの州裁判所が却下したことが大きなニュースとなっている。というのもダム建設予定地近くにはオランウータンの生息地があり、建設に伴う開発がオランウータンのエコシステムを破壊する可能性が指摘されているからである。
人間に最も近いとされる類人猿のオランウータンはインドネシアのスマトラ島とカリマンタン島(マレーシア名ボルネオ島)、マレーシア領にだけ生息する絶滅危惧種であり、これまで「スマトラ・オランウータン」と「ボルネオ・オランウータン」の2種が確認、保護の対象とされてきた。
ところが2017年11月、スイス、英国、インドネシアの学者などからなる国際調査チームが北スマトラ州タパヌリ地方で生息が確認されたオランウータンが、DNA(遺伝子)や頭蓋骨の骨格や歯などからこれまでの2種のいずれにも属さない新種のオランウータンであることを米科学誌「カレント・バイオロジー」に発表して、国際的なニュースとなった。
オランウータンの新種発見は実に88年ぶりで、発見された地域の名前から「タパヌリ・オランウータン」と名付けられた。
▲写真 88年ぶりに新種として発見されたタパヌリ・オランウータン 出典:Tim Laman (Wikimedia Commons)
この新種のオランウータンはタパヌリ地方だけに生息し、その個体数は約800と推定され、早急な保護とさらなる生態観察が発見直後から大きな課題となっていた。
■ 生息地付近で中国との合弁でダム建設
ところが同州南タパヌリ県で中国企業との合弁事業で中国の金融機関が資金援助する水力発電ダム「バタントルダム」の建設計画が明らかになり、インドネシアの自然保護団体「ワルヒ」を中心に、ダム建設の反対運動が始まり、建設計画の中止を求める請求が裁判所に提出され、審理が続いていた。
3月4日にメダンの州裁判所は「ダム建設計画に関する全ての書類は問題なく、必要な許認可も得ており、建設を中止する合理的理由はない。オランウータンのエコシステムへの影響も訴えにあるほど深刻ではなく、配慮がなされている」などと訴えを却下する判断を下したのだった。
「ワルヒ」はジョコ・ウィドド大統領にも書簡を送ってオランウータン生息地の保護を強く訴えているが、政府はこれまで保護に動こうとしていないという。このため「ワルヒ」ではさらなる上級裁判所に改めて提訴するとともにありとあらゆる法的手段を駆使して計画を阻止したい、と国際社会に支援の輪を広げようとしている。
「バタントルダム」の計画、設計を担当する中国水力発電会社と建設を請け負うインドネシア企業などでは「ダム湖を建設する方式ではなく、河川の水を直接発電所に取り込む方式を採用するため、タパヌリ・オランウータンのエコシステムはもちろん、周辺の環境への影響も最小限に留まる」と環境に配慮した建設計画であることを強調、理解を求めている。
計画では「バタントルダム」は2020年の完成を目指し、510メガワット規模の発電量で周辺地域の電力需要を賄う計画という。
環境森林省の担当者も「政府独自の調査と情報収集でタパヌリ・オランウータンの生息地域への影響や懸念がほとんどないことを確認している」として裁判所の判断を支持する方針を示している。
▲写真 バタントルダム 出典:The Batang Toru Ecosystem Homepage
■ 地殻構造、広大な開発地域も問題と指摘
「ワルヒ」によると、「バタントルダム」建設では水力発電所、ダムなどで67.7ヘクタールが開発されるとの開発業者の試算に対し、「ダムまでの取り付け道路やトンネル、関連施設やインフラ整備などで約600ヘクタールの範囲に渡って環境破壊が懸念される」としている。
さらにダム建設予定地の地下に将来地震が発生する可能性のある地殻構造が存在していることも「ワルヒ」は指摘して、ダムの危険性も訴えている。もっとも裁判所は「そうした地下構造の上に構造物の建設を禁止する法律はない」として建設中止要求を突っぱねた。
インドネシアでは首都ジャカルタからバンドンに向かう高速鉄道網計画も中国企業が受注したものの、当初の開業予定が大きく遅れるなど中国企業が関係したインフラ整備や大規模事業で様々な問題が生じている。
マレーシアのマハティール首相は2018年5月の政権奪取以来、マレーシアでの中国の大規模事業の縮小や中止などの見直しで、中国政府が進める「一帯一路」政策への警戒を強めている。
インドネシアのジョコ・ウィドド大統領もそうした中国政府への警戒感は持ちながらも、「是々非々」の立場から個別案件に関しては担当閣僚の判断に任せているのが実情だ。
▲写真 インドネシアのジョコ・ウィドド大統領 出典:Wikimedia Commons(Public domain)
というのも現在は4月17日に迫った大統領選への対応で手一杯で、オランウータン保護問題、中国との合弁ダム建設計画などへの本格的な対応は早くても選挙後となるものとみられている。
トップ写真:左からボルネオ・オランウータン、スマトラ・オランウータン、タパヌリ・オランウータン 出典:Eric Kilby/Aiwok/Tim Laman (Wikimedia Commons)