バリ島を辟易させる中国人団体観光客
大塚智彦(Pan Asia News 記者)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・超格安ツアー中国人観光客が押し寄せ「神々の島」バリは困惑。
・地元に金を落とさず、中国人同士だけが潤う構図が浮き彫りに。
・痰吐き、唾吐き、大声。バリ州知事は「質のいい観光客に来てほしい」
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インドネシアの国際的な観光地バリ島が今揺れている。近年多く同島を訪問する中国人観光客が新たな問題を起こし、州政府をも巻きこんだ「観光客のあるべき姿」論議に発展しているからだ。
バリ島を擁するバリ州の最大の産業は観光産業であり、同島を訪れる観光客はインドネシア政府の2017年の統計で年間586万人に達し、最大人数を占めるようになったのが中国人観光客で約136万人、2位のオーストラリアの106万人を大きく上回っている。
バリ島では最近、島の各地に中国語表記の看板、メニューを備えたレストラン、中国人が経営するお土産物屋、旅行代理店、バス会社、ツアーガイドが溢れ、島の至るところに中国人観光客が押し寄せるようになった。
基本的なマナーや行儀の問題は各所で物議を醸してはいるものの、基本的に観光客の増加はバリの人々にとっては「熱烈歓迎」のはずだった。
ところが、昨年来、格安ツアー、それも超格安のツアーでバリに来る中国人団体客が急増し、その一方で地元に「落とすお金」が減少する状態になっているという。
バリ観光協会や観光業者によると、中国人が参加している格安団体ツアーは往復航空券、ホテル5泊分を含めて200万ルピア(約1万6000円)という安さだという。
さらに最近は航空券、4泊5日分のホテル代込みで、なんと60万ルピア(約4800円)という信じられない超格安のツアーが販売されているという。
■バリに全く利益をもたらさないシステム
こうした超格安ツアーでバリに到着した中国人団体観光客は、ホテル1部屋にエキストラベッドを8個入れて約10人がそこで寝泊まりするという。
日本と異なり、ホテルの宿泊料金は人数ではなく部屋にかかるため、一部屋を1人で使用しても2人で使用しても料金は変わらない。通常は人数が増える場合は部屋内にエキストラベッドを入れる。バリ島の場合エキストラベッドは1台で平均5万ルピア(約400円)なので、8台入れても40万ルピア(約3200円)でしかない。
中国系旅行代理店が手配した大型観光バスで中国人の通訳ガイドと一緒にバリ島内を移動し、食事は中国料理店で中国語のメニューから選んで食べ(当然だがほとんどが中国料理)、お土産は中国人が経営する店へバスで案内されて買い物、中国のクレジットカード「銀聯カード」などで支払を済ますのが定番となっている。
中国人が経営しているお土産物店で売っているものといえば、マットレスや雑貨、乳液などの化粧品、絹製品や宝石類とバリの特産物やインドネシア製品とは縁も所縁もないものばかりという。
ようするに地元バリ、バリ人には全くお金を落とす仕組みになっておらず、薄利多売ながらも儲かるのは中国人の会社ばかりという構図が浮き彫りになってきている。
写真)バリ島に伝わる舞踊劇「ケチャ」
出典)The Official Website of Indonesia Tourism
■州知事「『質のいい観光客』に来て欲しい」
2018年6月の知事選で選ばれ、就任してまだ半年も経過していないイ・ワヤン・コステリ新知事は10月15日に「バリ州にとって観光収入は最も重要な財源の一つである。その観光産業を中国人観光客が牽引しているのも事実である」と指摘した上で、「しかし、バリ島は世界でも有数の観光地であり、決して安い観光地ではなく、安売りされるべきではない」とバリ島観光のあるべき姿に言及した。
その上で「バリに来てホテルで寝ているだけではなく、ちゃんとお金を使って地元に落としてほしいのだ」と注文をつけた。さらにコステル知事は
「バリにはお洒落で品のいい観光客に来てほしい」
とまで言い切った。
写真)イ・ワヤン・コステリ知事
出典)Wayan Koster facebook
これは直接の名指しこそ避けているものの、基本的なマナーや行儀の欠如に加えて現地に一向にお金を還元しない旅行に徹している中国人観光客が念頭にあるのは誰の目にも明らかである。
こうした知事の姿勢には現地の観光業界、観光業者からは賛同の声が上がっており、業界関係者の間からは「どうしたらあのような超格安のツアー料金が設定可能なのか、一体何が起きているのか、事実関係を調査する必要があるだろう」という声も出ている。
その一方で、州政府や関係機関は無資格の中国人通訳、観光ガイド、そして無許可営業の中国人による土産物屋や物産店、さらに中国人経営のマッサージ店などを法律的に調査してそれ相応の処分をすることも検討するとしている。
世界最大のイスラム教徒人口を擁するインドネシアだが、バリ島はヒンズー教徒が多く生活している。ヒンズー教の祭事が多く、バリ島のどこかで必ず毎日お祭りや宗教行事が行われているとも言われ、バリ島は別名「神々の島」といわれている。
しかし、その「神々の島」の雰囲気が所かまわず喫煙しては吸い殻をポイ捨てし、痰や唾を平気で吐き散らし、ヒンズーの宗教施設でヒンズー教徒が敬虔な祈りを捧げる隣で大声でしゃべりながらセルフィーを撮影しまくる、そんな中国人団体観光客によってかき乱されているのが現状と言える。
そこに今回の超格安ツアー問題が浮上して、バリの人々は
「世界から観光客にはぜひ来てほしいが、正直言って団体旅行の中国人観光客だけはもう勘弁してほしい」
というのが本音であるという。
トップ写真)伝統的なバリ舞踊
出典)Tiomax80 flickr
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。